赤月さん、妹に見抜かれる。
実家に滞在中、何をするかと言われれば、日中はもっぱら祖父母の畑仕事の手伝いです。
もちろん、熱中症の対策はしっかりと摂ってあります。農業をやっている家の者としては、体調管理はとても重要ですからね。
時間がある時は妹と一緒に川に遊びに行ったりもしました。
家の近くには川が流れているのですが、潜るほどの深さはないので、少し浸かっては身体の熱を冷ますくらいです。
私が帰ってきたことが余程、嬉しいのか、雪穂はずっとにこにこと笑ったままです。私の妹、可愛いです。
なので、日中はずっと一緒に居ることが多いですね。ちょこちょこと付いて来ては、「お姉ちゃーん」とすぐ呼んでくれるので、呼ばれるたびにふにゃっと笑ってしまいそうになります。
実家だと、大学で過ごす時と比べて、それほど気を遣わなくていいので、とても気楽です。
ですが、それでもやはり、脳内で思い出されるのはあの人の顔です
大上君とは毎晩、電話をしているのですがそれでも顔を直接見ることは出来ないので、元気なのかどうか確かめることは出来ません。
毎日、実家のお手伝いで疲れ切っている大上君ですが、どうか体調だけは気を付けて欲しいです。
そんなことを心の中で思っていると私の部屋の扉が叩かれました。
「はーい」
返事をすると中に入ってきたのは、雪穂でした。妹は両手で、器にバニラアイスを盛ったものを二つ持ったまま、部屋へと入ってきます。
「お姉ちゃん、アイス食べようっ!」
「わざわざ持って来てくれたの? ありがとう」
私の部屋の荷物は引っ越した時にほとんど下宿先に持って行ってしまっているのですが、それでは実家に帰ってきた時に不便だろうと、折り畳み式の台が置かれています。
その上に雪穂は二人分のバニラアイスが盛られた器を置きました。
「このバニラアイス、お母さんが試しに作ってみたんだってー」
「……お母さん、本当に料理上手だよね……」
「でも、お姉ちゃんも一人暮らししているから、向こうでは料理とか自分で作っているんでしょ? 私もある程度は作れるように練習しないとなぁ」
「えっ!? 雪穂、一人暮らしする予定なの!?」
可愛い妹には一人暮らしなんて、させたくはないです。
変な人に狙われたらどうするんですか、と脳内で思っていると、大上君の姿が何故か出てきました。……あの人は、ほら……変態な部分もありますが、私の気持ちをちゃんと考えてくれる紳士でもあるので……。
「そりゃあ、遠くの学校や大学に行くなら寮暮らしか一人暮らしになるだろうし……。それに自活力を付けるには一人暮らしをしておいた方がいいと思うよ? 家事に洗濯、掃除、バイト……色々やって出来るようになっておかないと、社会に出た時に困るのは自分だろうし」
わ、私の妹、偉いです……。ちゃんと色々と考えているんですね……。
子どもの成長は本当に早いものだと、しみじみしながらバニラアイスをスプーンで一口掬って食べます。
「……直球で聞くけど、お姉ちゃん……彼氏、出来たでしょ?」
「ごふっ……」
あやうく、口に含んだバニラアイスを噴き出しそうになってしまいました。この子は突然、何を聞いてくるのでしょう。
小さくむせてから、涙目を浮かべつつ雪穂の方に視線を向けると、妹は楽しそうな顔で笑い返してきます。
「当たり、でしょ?」
ふふん、と得意げな顔で雪穂はぱくりっ、とアイスを口に含めます。
一体、どうして気付いたのでしょうか。私の妹の観察眼、鋭すぎませんか。
「あ、大丈夫だよ? 誰にも言わないから。お姉ちゃんも、皆には言いたくないから黙っていたんでしょ?」
雪穂がそう言ったので、私はこくんっと頷き返します。だって、気恥ずかしいではありませんか!
妹とこの手の話をするのにも照れてしまうというのに、他の皆には言えるわけがありません! 特に父と祖父には!
「でも、お姉ちゃんがお付き合いか……」
妹はとても小学生とは思えない程の憂いの表情を浮かべます。
「……その人は……良い人なの?」
「え?」
「だって……。お姉ちゃん、男の人……苦手だったから……」
「……」
妹はどうやら私が抱えているトラウマのことを心配してくれているようです。
あの件は私が小学生の頃の出来事だったのですが、幼稚園に通っていた雪穂も薄っすらと覚えていたのかもしれません。
正直に言えば、私のトラウマのことを詳細に知っているのは白ちゃんとことちゃん、そして父と母だけです。
あの件が起きた時には祖父母はもちろん、心配してくれたのですが子ども同士の揉め事だから、と言って治めました。
なので、私が自分よりも背が高い男性に首に触れられるとあの時の恐怖がフラッシュバックすることは伝えていません。
そして、弟ももちろん知りません。
ですが、同じ女の子だからなのか、雪穂は私が自身よりも背が高い男性に無自覚に怯えていることを知っていたようです。
私は少しだけ困ったような笑みを浮かべて、アイスを口に含めました。
「……雪穂はすごいね。何も話していないのに」
「お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだもん……。見ていたら、分かるよ」
詳細には話してもらえないことを不満に思っているのか、妹は頬を小さく膨らませていきます。
心配をかけたくはないので話してはいないだけなのですが、それが逆に不安を与えてしまっているようですね。
私は左手で軽く妹の頭を優しく撫でました。
「雪穂の言う通り、私は……確かに自分よりも背が高い男性が苦手なの。あ、家族は別だよ? ……でも、それ以外の男性に見下ろされて、触れられるのは……怖くって」
「……」
「けれどね、私の……ええっと、その、恋人は……。……私が持っている怖いことを全部、拭ってくれる人なの」
沈みがちだった空気を変えるように、私は努めて明るく、そう言いました。
「怖いと思っていることを全部、塗り替えて、立ち止まっていた私を掬い上げて、一緒に横に並んで歩いてくれる……そんな、優しい人だよ」
私には勿体無いくらいに、とても優しくて素敵な人。
もちろん、ちょっとだけ変態だとは言いませんでしたが。でなければ、雪穂が別の心配をしてしまいますからね。
雪穂は不安そうな表情をくしゃり、と歪ませていきます。
「……じゃあ、お姉ちゃんは……その人に、大事に……されているんだね」
「……」
確かめるように訊ねられた言葉に、私は小さく苦笑しました。
「うん、そうだね……。すごく……大事にしてくれているかな」
脳裏に浮かぶのは大上君の笑顔です。外面の笑顔ではなく、心から笑っている、どこか子どもらしい笑顔。
それが頭に浮かんでは滲んで行きました。
……早く、会いたいな。
実家に滞在するのは一週間ほどですが、それでも時間が早く経って欲しいと密かに願わずにはいられないくらいに、私は大上君を求めていると気付きます。
今、抱いている気持ちを大上君に直接、伝えるには勇気が足りませんが、それでもいつかは伝えたいです。
私も、大上君と大上君を過ごす日々、抱く感情、それら全てを大事にしたいんですよ、って。
お久しぶりの投稿です。
時間が少しだけ出来たので、投稿してみました。
また、暫く更新に間が空いてしまうかもしれませんが、ご了承いただけると助かります。