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赤月さん、父と話す。

 

 赤月家はお互いに急ぎの用事などがなければ、基本的には家族揃ってから食事をするようにしています。

 何かに熱中し過ぎて、「ご飯、出来たよ」と呼ばれることもしばしばです。


 雪穂達とスイカを食べ終えた後、台所の手伝いが出来なかった私は干してあった洗濯物を取り込んだり、庭の草花に水をあげたりしながら過ごしていました。


 雪穂と千明はおじいちゃん達の畑仕事の手伝いをしに行ったようで、戻って来た時には想像以上に泥だらけになっていました。


 千明曰く、畑の畝と畝の溝に足を引っかけて、盛大に土へと突っ込んだそうです。

 その際に雪穂が巻き添えをくらってしまったようで千明に対して、延々と恨み言を言っていました。年頃の女の子なので、その辺りは気にしてしまいますよね。


 母に叱られる前に、二人は泥で汚れた服を大急ぎで庭先の水場で洗っていました。

 そういう手際の良さはお互いに似ているようですね。母は普段は穏やかですが、怒るととても怖いので、雷を落とされたくはないのでしょう。


 私はそんな二人が必死に服を洗っている間に、時間稼ぎをすることにしました。

 夕飯作りをしている母と会話をしながら食器を並べたり、大学生活のことを話したりしながら意識を逸らします。


 その甲斐あってなのか、弟と妹は無事に服の汚れを落とし切り、それを洗濯機の奥へと突っ込んでから、新しい服へと着替えることが出来たようです。


 出来るならば、私の可愛い弟妹が雷を落とされるところなんて見たくはないので、二人の役に立てたようで安堵しました。


 

 夏場なので、夕方の6時を過ぎても外はまだ明るいままです。この時間を過ぎた頃に、私達の父が帰って来ます。


 父の名前は千尋です。

 ちなみに役所に勤めている公務員でもあります。


「ただいまー」


 そう言って、皆が集まっている食卓へと入ってくる父は汗だくでした。そういえば昔から暑がりでしたね。

 外と比べれば、家の中は幾分か涼しいようで、父の表情は緩んでいました。


「おかえりなさい、お父さん」


 私がそう声をかけると父は目を見開いてから、持っていた仕事用の鞄をその場に落としてしまいます。


「ち……千穂っ!? 今日、帰ってくる予定だったのか!?」


 そう言って、父は母の方へと勢いよく振り向きます。

 母はしてやったりと言わんばかりの表情で楽しそうに笑っていました。完全に父の反応を楽しんでいます。


「そうだよ。秘密にしておいた方が、皆がびっくりするだろうって、お母さんが」


「美穂さん……」


 父は母を小さく睨んでいるようですが、母は痛くも痒くもないようですね。


「元気だったか? ちゃんと食べているか? 困ったことはないか?」


「お父さん……。心配の仕方がおじいちゃんと一緒だよ……」


 さすがは親子です。似た者同士のようですね。


「いやぁ、でも元気そうで何よりだ。大学がある場所は盆地で、夏場はとても暑いと聞いていたから……」


 私の顔色を見て、父はどこか安堵するように笑っています。


「大丈夫だよ。それに体調不良になっても、白ちゃんやことちゃんも近所に住んでいるから、いざとなれば駆け付けるって言っていたし」


 もちろん、二人の身に何かあれば私も駆け付けるつもりです。お互いに支え合うってとても大事だと思うので。


「ああ、そうか。あの二人も一緒の大学だったね。うん、それなら安心だな」


 幼馴染二人の世話焼き加減を覚えているのか、父は満足げに頷いています。

 ですが、父はそこで「ごほんっ」とわざとらしく咳払いしました。


「そ、それで、千穂……。もしや、大学で……か、彼氏は出来たのか……」


 恐る恐ると言った様子で訊ねて来る父の姿に、祖父が重なっていきます。この親子、一体どこまで似るつもりなのでしょうか。

 私がどのように返事を返そうかと迷っていると、すぐ傍から母の声が響きました。


「はい、そこまで。もう夕飯の時間なんだから、汗まみれのシャツから普段着へと着替えて来てちょうだい」


 鋭い母の声に、父はびくりと肩を揺らします。


「うっ、で、でも……。これは極めて重要なことで……」


「娘の恋路を探るようなことをする親は嫌われるわよ。今日の夕飯はカボチャの煮物ときゅうりの酢の物、そしてあなたの大好物のハンバーグまで作っているのだけれど……どうやら夕飯を食べる準備が出来ないあなたの分は千明にでも分けてあげましょうかねぇ」


「やった! 俺のハンバーグ、二つ~!」


 母の言葉にすかさず便乗するように千明が両手でガッツポーズを決めます。


 息子とは言え、大好物を全く譲る気がない父ははっとしたような表情をしてから慌てはじめました。よほど、ハンバーグを千明に取られたくはないようですね。


「す、すぐに着替えてきますっ!」


 踵を返す父の姿を見ながらどこか勝ち誇った顔をするのは母です。赤月家は何だかんだで女性が強いのです。


「お母さん、俺のハンバーグ、二つは……?」


「あら、最初からハンバーグは一人に付き、二つずつ用意しているわよ。それと、子どもの分は大人達よりも少しだけ大きめに作ってあるわ」


「やったー!」


 一瞬、ハンバーグを父に戻さなければならないのかとしょんぼりしていた千明でしたが、ハンバーグが最初から二つ用意されていることを知り、再び笑顔を浮かべます。

 本当に食欲に対しては一切、ぶれませんね、私の弟は。


 


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