赤月さん、姉弟と食べる。
家の奥へと向かうと、「ダンッ!」と激しい音が響いてきたので、私は台所へと足を運びました。
台所では私の母が何かしらの作業をしているようです。
集中しているのか、私が部屋に入っても気付いていないようですね。タイミングを見計らってから、私は声をかけました。
「お母さん、ただいま」
「……あら」
母はゆっくりと頭を上げてから、私の姿をその瞳に留めるとにこりと笑いました。
母の名前は美穂です。母の「穂」の字を私と妹は貰い受けています。
近所の人達から「千穂ちゃんは美穂さん似やねぇ」と言われる程にお互いに顔は似ています。
「おかえり、千穂。思っていたより、帰ってくる時間が早かったわね」
「うん」
「代わりに迎えに行ってもらったんだから、あとで冬木さんのところの小桃ちゃんにはお礼を言っておかないといけないわねぇ。何か持って行こうかしら」
そう言って、母は作業へと戻ります。何をしているのかと母の手元を覗き込んでみるとどうやらカボチャを切っていたようですね。
これはうちの畑で収穫したカボチャでしょうか。煮物にしたら美味しいだろうなぁと思わず、よだれが出そうになります。
カボチャには確か、切りやすい切り方があったはずですが、母は力業でカボチャを切っているようです。そのようなところは相変わらずですね。
「何か、手伝おうか?」
私が母へと問いかけると彼女は苦笑しながら首を振り返しました。
「今、帰ってきたばかりでしょう? 冷たいものでも飲みながら、休んでいなさいな」
「でも……」
そこへ、私の荷物を部屋まで運んでくれた雪穂が台所へと入ってきました。
「お姉ちゃん。荷物、置いてきたよー」
「ありがとう、雪穂。重かったでしょう?」
「ぜーんぜん! これでも私、クラスの女子の中で一番筋力があるんだから!」
そう言って、胸を張る妹はとても可愛いです。
「あら、雪穂。ちょうどいいところに。……千穂が手持ち無沙汰みたいだから、相手をしてあげてくれないかしら? スイカを切ってあげるから」
「了解! どうせ、お姉ちゃんのことだから、帰って来たばかりなのにお母さんの手伝いをするとか言い出したんでしょう?」
「……どうして見ていないのに分かるの……」
「だって、お姉ちゃんだもん」
私と雪穂が話している間に、母が冷蔵庫で冷やしていたスイカを取り出し、それを一気に一刀両断します。
私もこの筋力が欲しかったです。
スイカはあっと言う間に食べやすい大きさへと切り揃えられていました。母の包丁捌きは感服ものです。
「はい、どうぞ。……おじいちゃん達もスイカを食べるかしら。確か、さっきまでかき氷を食べていたはずだけれど」
母から二人分のお皿を渡され、私達はそれぞれ受け取りました。
赤くて瑞々しい色合いの半月の形をしたスイカが皿の上で光っているように見えて、私は口元を緩めてしまいそうになります。
「一応、聞いてみるね」
「宜しくね。さて、残りのスイカは夕飯の時に食べやすいようにサイコロ状に切り分けておこうかしら」
すると、お土産で買って来ていた茶団子の箱をすでに開けて食べ始めている千明が台所へとやって来ました。
歩きながら食べるのはお行儀が悪いですよ。
「あーっ、スイカ!? いいなー! 俺も食べたーい!」
そう言いながらも千明はお土産の茶団子をもりもりと食べ続けています。そんなに食べて、夕飯は入るでしょうか。
「お兄ちゃん、ほんっとうに食い意地張り過ぎ! あと、お姉ちゃんからのお土産を一人で食べきらないでよ!」
「だって、この茶団子、すっごく美味しいし!」
もぐもぐと食べ続ける弟に対して、妹はぷっくりと頬を膨らませてから怒っているようです。
ですが、姉である私から見れば、この兄妹喧嘩はただの可愛い光景ですね。
「ふふっ、大丈夫だよ、雪穂。他にもお土産を買って来ているから、あとで渡すね」
「本当っ?」
一瞬で機嫌が良くなる妹に頷き返すと、彼女はぱぁっと笑顔を見せました。本当に可愛い妹です。
ついつい頭を撫でてしまいますが、油断していたら身長を抜かれてしまいそうですね。
ちなみに弟にはすでに身長を越されています。千明は今が中学三年生なので、ちょうど成長期真っ盛りのようですね。
だからこそ、いくら食べてもお腹が空いてしまうのかもしれませんが。
「ねぇ、お姉ちゃん! スイカを食べながら、大学生活のお話を聞かせてくれる?」
きらきらの瞳で問いかけられてしまえば、頷かないわけにはいきません。
「いいよ。それじゃあ、まずはおじいちゃん達のところに行こうか」
「うん!」
妹くらいの年頃ならば、高校生や大学生と言った少し歳が離れた人の話を聞きたがるものなのかもしれませんね。
一方で、弟は切り分けられたスイカを二切れ分、母にお願いしているようです。……夕飯、本当に入りますかね。
食欲があるのは良いことですが、食べ過ぎには注意してもらいたいです。
母は食べる分には構わないが、食べた後のことは自己責任だと思っている人なので「こいつ、満腹という言葉を知らないんじゃないか」と言わんばかりの表情で弟を見つめていました。
縁側に向かうとおじいちゃん達はすでに休憩を終えて、畑仕事の続きへと向かったようですね。
なので、妹と弟の三人で縁側に横一列で並びつつ、スイカを食べることにしました。
今年初のスイカですが、瑞々しくてとても美味しかったです。
これならあと一切れは食べられるんじゃないかと思いましたが、夕飯が入らなくなったらいけないので、何とか我慢しました。
弟が「おかわり!」と言って、追加でスイカを二切れ食べていたので、お姉ちゃんはあなたがお腹を壊さないか心配です。