赤月さん、起こさないように努める。
翌朝、目が覚めて隣を見れば大上君が寝ていたので、驚いた私はつい声を上げそうになってしまいました。
しかし、寸でのところで声を抑えたため、何とか大上君を起こすような事態には陥りませんでした。
「……」
心の中で何度か深呼吸してから、私は頭の中で状況を整理します。
そうでした、昨晩は大上君が私の部屋へとお泊りして、そして同じベッドで眠ることになったのでしたね。
つい身じろぎをしてしまいましたが、大上君を起こしてはいないようです。そのことに安堵しつつ、ゆっくりと大上君から距離を取ります。
眠る前は私を横向きに抱きしめながら眠っていた大上君ですが、眠っている最中に私を抱きしめていた腕は離していたようですね。
おかげで大上君を起こすことなく、ベッドから離れることが出来ました。起こさないようにしながら動くのは、中々緊張しますね。
ですが、出来るならば大上君にはもう少し眠っておいて欲しかったので助かりました。
「ふぅ……」
一つ、深い呼吸をしてから、私は伸び上がります。昨晩はいつもとは違う寝方をしていたので、身体を動かしたのは久々のような気がしました。
さて、顔を洗って着替えた後は大上君のために朝ご飯でも作りましょうかね。
実は美味しい朝ご飯を作るために、昨日から下ごしらえをしていたのです。……もちろん、大上君のために用意していたと本人に伝えるのは気恥ずかしいので、言っていませんけれど。
ちらりとまだ眠ったままの大上君に視線を向けます。
彼はむにゃむにゃと口元を動かしつつも、幸せな夢でも見ているのか、眠っているのに笑顔のような表情を浮かべていました。
大上君の表情に小さく笑みを零してから、私はさっそく準備に取り掛かることにしました。
「……はっ!! 寝過ごした!?」
そう言って、大上君が慌てたように飛び起きた頃にはすでに朝ご飯の準備は整っていました。
ちょうど、二人分のお味噌汁を炬燵の台の上へと運んでいた私は大上君へと朝の挨拶をします。
大上君の髪の毛はちょっとだけ寝ぐせが付いていて、まるで犬の耳が生えているように見えて可愛かったのですが、言わないことにしました。
「おはようございます、大上君」
「おはよう、赤月さんっ! くっ……朝、赤月さんの寝顔を拝みつつ抱擁し、照れた姿を目に焼き付きながら、起こそうと計画していたのにっ……!」
「どういう計画ですか……。そんなことより、朝ご飯の用意は出来ているので、身支度を整えて下さい」
私は寝間着姿の大上君に顔を洗う際に使用するタオルを渡してから、洗面所へ行くように促します。
「あさ……ごはん……」
衝撃を受けたように大上君は言葉を繰り返します。もしや、まだ寝ぼけているのでしょうか。
「そうですよ、朝ご飯です。今日の献立は玉ねぎと豆腐の味噌汁、卵焼きです。ご飯のお供には海苔と梅干もありますよ」
「赤月さんが……俺のために……朝ご飯……。うっ……新婚みたい……」
大上君は感動しているのか、感極まって震えているようです。
「別に初めてではないでしょうに……。この前、大上君の家に泊まった際に、朝ご飯を作ったではありませんか」
先日と同じような反応をしている大上君に私が呆れたように呟くと彼はぶんぶんと首を横に振り返しました。
「何回目だろうと嬉しいよ! だって、赤月さんが俺のために朝ご飯を用意してくれているんだよ!? 天国かな!? 今日も目覚めることが出来た世界に感謝だよ!」
「はいはい、朝から体調が元気なようで良かったです。ほら、ご飯が冷めてしまいますので、早く身支度を整えて下さい」
「了解です!」
大上君は大慌てでベッドから降りて、布団を綺麗に畳み直してから洗面所へと向かいました。その後ろ姿を眺めつつ、私はふっと息を吐き出します。
「……今日は元気そうで良かった」
昨晩、大上君は苦しそうだったので、何か出来ないかと考えていましたが、大上君はそれを望んではいませんでした。
きっと、彼の心の中で落ち着くための答えが見つかるまで悩むことになるのでしょう。
それでも私は大上君が伝えることを決心するまで、待つつもりです。どれだけ時間がかかろうとも、大上君が出した答えを私は知りたいのです。
大上君が大慌てで朝の準備を整えている音を微かに耳に入れながら、私は小さく笑います。
いつもと同じ調子だったので、少し安心しました。でも、出来るだけ、彼の心に寄り添っていきたいのです。
そんなことを思いつつ、私は炬燵の台の上に並んでいる二つの湯飲みに視線を向けました。
実はつい最近、大上君用に色違いでお揃いの湯飲みを購入して、今日初めて使うのですが彼は果たして気付いてくれるでしょうか。
「さて、お茶の準備でもしましょうかね」
大上君が身支度を整えるまで、朝食用の緑茶を淹れるべく、私は茶葉が入った茶缶へと手を伸ばしました。




