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赤月さん、大上君を待つ。

 

「……大上君」


 私は静かに、響くように声を発します。お互いの呼吸音しか聞こえない空間の中に居るようにも感じました。


 大上君は辛い思いをしているのでしょうか。どこか泣き出してしまいそうな程に表情を歪ませている大上君に対して、私は言葉を続けました。


「いつも、私のことを大事にして下さって、ありがとうございます。……でも、我慢すればする程、大上君は辛い思いをしているんですよね……」


「それ、は……」


 肯定も否定もせず、大上君は言い淀みます。きっと、私の言葉通りなのでしょう。


「どちらかが我慢したままで苦しむ関係なんて……私は望んでいません」


「……でも、赤月さんを傷付けたくない」


「ねえ、大上君」


 私はふっと、小さく笑いかけます。

 この緊張感のある状況に似合わない程に、穏やかに。


「私が傷付いて、苦しんでいる時……。手を差し伸べて、助けてくれたのはあなたでした。どうしようもない闇の中で俯いていた時、引きずり出してくれたのは大上君です。私がトラウマを克服出来るように、一緒に考えて隣を歩いてくれたのは……今、私の目の前に居るあなたなのです。──あなたが、私を救ってくれた」


「……」


 大上君はいつだって私のことを助けてくれました。


「だから、今度は私が……と思ってしまうのです。私が大上君のために何かしたいと思うのに、どうすればいいのか分からない……」


 私はもう一度、「ねぇ」と呟きました。


「私は、何をすればいいですか。どうすれば、大上君を……苦しむあなたを助けられますか」


「……っ」


 私の言葉に大上君は更に泣き出しそうな表情を浮かべ、そして組み伏せるように抱きしめてきました。


「……駄目だよ、赤月さん。まだ、駄目なんだ……。……ごめん、俺の心が弱いから……迷ってはいけないのに、迷ってしまった……」


 抱きしめながらも私の耳元で、大上君は苦しげに呟きます。


「何が、駄目なのでしょうか」


 私が静かに訊ねれば、大上君は何かを飲み込むような音を喉辺りで鳴らしてから、言葉を返してきました。


「君の全てを貰うには、まだ早すぎるんだ」


 優しいような、熱く激しいような温度で、大上君は私を抱きしめ続けます。


「本当は赤月さんの全てが欲しい。今も君を食べてしまいたくて仕方がない程に渇望している。それでも……それが出来ないんだ」


 だって、と大上君は苦しげに言葉を続けました。


「君に……まだ、話せていないことがある。それは、俺にとっては弱い部分だ」


「……」


「言わなきゃいけないって分かっている。でも、言ってしまえば後戻りが出来ないような怖さがあって、俺はそれを君に伝えることさえ出来ずに尻込みしている」


「大上君が言いたくないことならば……聞いたりはしませんよ」


「……君は優しいね。……でも、これはいつか伝えなきゃいけないことなんだ。それが出来ない限り、君の全てを貰うわけにはいかない。……分かっているのに、俺はいつも理性の枷を壊しかけて、一歩を踏み外そうとしてしまう」


 悔しげに呟く大上君でしたが、きっと私に伝えたくても伝えられないことがあって、色々と悩んでいるのでしょう。


 私は両手をそっと大上君の背中へと回します。

 優しく添えれば、私が回した手の温度に気付いたのか、大上君はどこかはっとするような声を漏らしていました。


「……それでは、私は待っていますね」


「……」


「大上君が、私を待っていてくれたように、私も大上君の気持ちが固まるのを待ち続けます」


 大上君から初めて好意を告げられた日から、私は彼に対しての返事を保留し続けていましたが、それでも大上君は返事を急かすことなく待ち続けてくれました。


 それならば、今度は私が大上君を待つ番だと思うのです。


「だから、焦らず……嘆かずに、ご自身の速度で心を決めて下さい。……待って、いますから」


「……赤月さん」


 彼の口から零れ出した吐息と言葉には、どこか安堵するような感情が込められていました。

 私は大上君の広い背中を「よしよし」と子どもを慰めるように撫でます。


 積極的なようで、けれど何かを恐れている大上君に必要なのは、静かに寄り添って見守ることなのではと思うのです。


 彼もまた、私と同じように決意する時が来るのでしょう。それがどんな答えになろうとも、私は待ち続けたいと思います。


 だって、大上君が──好きですから。

 好きだからこそ、私は大上君の心に寄り添いたいのです。


 大上君は小さく震え、そして私の耳元で囁くように言葉を吐き出しました。 


「ごめん、赤月さん。……でも、ありがとう」


「……いいえ」


 幾分か落ち着いたのか、大上君は私を抱きしめていた腕を少しだけ解いてから、先程と同じように上から見下ろしてきます。

 頬と視線にはまだ熱が宿っているようですが、それでも穏やかなものに変わっている気がしました。


 交差する視線はお互いに逸らすことが出来なくなってしまったように深く交わったまま、大上君は言葉を零します。


「……赤月さんは気付いていないかもしれないけれど、君のその優しさに、俺は何度も救われているんだよ」


 そう言って、大上君は私の額へと小さな口付けを落としました。


 

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