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赤月さん、熱い視線を向けられる。

 

 しばらくしてから、大上君は両手で顔を覆ったまま、何度か「ふぅー」と深い息を吐きました。

 深呼吸を繰り返すことで、どうやら心を落ち着かせているようですね。


「はぁ……。何とか気が削がれた……良かった……」


「大丈夫ですか?」


「うん、もう、大丈夫……多分……」


 そう言って、大上君はそれまで顔を覆っていた両手をゆっくりと引き下ろしていきます。


 薄暗い部屋で、唯一の光となっているのは蛍光灯だけです。見たところ、顔色は悪くはなさそうですが、どこか気まずげな表情を浮かべているように見えました。


「……」


「……」


 お互いに無言のまま、見つめ合ってしまいます。大上君の瞳が潤んでいるように見えるのは蛍光灯による光のせいでしょうか。


 逸らすことなく、じっと見つめたまま大上君は動きません。

 その瞳の奥で、何かが揺れ動いたようにも見えたのは気のせいでしょうか。


「大上君?」


「……駄目だ、やっぱり」


 どこか苦しそうに大上君はぽつりと吐き出します。

 まるで自分自身を責めるように、熱を焦がすように。


「え?」


「ごめん、赤月さん。俺……」


 くしゃり、と大上君の表情が歪み、そして彼は両手を私の方へと向けてきました。



「今すぐにでも、君を食べてしまいたい」



 何が起きたのか分からず、私は目を見開いたまま、大上君が動くのをゆっくりと見ていました。


 大上君から伸ばされた両手は私の身体をすっぽりと覆っていきます。

 先程は背中越しだったのに、今度は正面から抱き着かれてしまった私は驚きのあまり、声を発することが出来ずにいました。


 今までの抱きしめ方と違うのは、大上君が私に縋るように抱き着いているからでしょう。

 吐き出される息は、まるで身体の内側に何かを押し込んでいるようにも聞こえました。


「……無理だよ。こんなにも……好きなのに……。これ以上の、我慢なんて……」


「……」


 何かに堪えているように大上君はどこか苦しげに呟きました。


「ねえ、好きだよ。赤月さんが、好きだ」


 何度も聞いた言葉なのに、それでも大上君から訴えるように呟かれる言葉には熱が宿っているように感じます。


 それまでは横向きに抱かれていたはずなのに、いつの間にか、ぐるりと身体の向きが変わり、私は仰向けの状態になっていました。

 傍から見れば、大上君にベッドの上へと押し倒されているような状態です。


 大上君は下に敷いている私に体重をかけないように考慮してくれているのか、重さはほとんど感じませんでした。


「君が狂おしい程に好きだ。……いや、もうすでに狂ってしまっているのかもしれない」


 それまで私の肩口に顔を埋めて、抱きしめていた大上君はゆっくりと上体を起こしていきます。


 そして、私の両手をまるでベッドの上に縫い付けるように、指を絡ませてから押し付けてきました。


 視線を向ければ、剣呑とした瞳の中に熱い感情が混じったようなものが見えました。

 それでも、私を見つめる大上君の表情は切ないだけでなく、息が出来ない程に苦しげに見えたのです。


「君の全てを奪ってしまいたい。満たされてしまいたい。それがどれ程、自分勝手な考えだって分かっている。それでも……。それでも、君が欲しくて堪らない」


 何かと戦っているように大上君の表情は苦痛で歪んでいます。


 どうして、そんなに辛そうなのでしょうか。

 どうして、そこまで耐えようとしているのでしょうか。


 いえ、その答えは聞かなくても分かっていました。

 大上君が私のことを傷付けないように、気遣ってくれているからです。


 嫌われないように、怖がらせないように。

 大事に、大事に接してくれているのです。


 だからこそ、大上君は自分の本心を奥深くに隠して、辛い表情を浮かべて堪えるしかないのでしょう。


 それがどれ程までに辛いものなのか、私には分かりません。ですが、大上君が私のために必死に何かを押しとどめているのだけは分かるのです。


 いつだって、私のことばかり。

 自分の気持ちは押し殺して、私のことだけを考えてくれる。


 優しくて、熱くて、でも本当は──怖がりな人。

 

 

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