赤月さん、気になることを純粋に訊ねる。
しかし、気になる部分は吐息だけではありません。何でしょう、先程から私の太もも辺りに何か硬いものが微かに当たっている気がして、首を傾げそうになります。
触れて、痛いと思うわけではないのですが何となく気になってしまいます。
「……大上君、あの」
私は思い切って、大上君に訊ねてみることにしました。
「何だい?」
「えっと、寝間着にベルトでもしているんですか? 何だか、太ももあたりに金具みたいなものが当たって、気になるのですが……」
「……」
大上君はそれまで私の身体に密着していたのですが、何故か急に距離を取り始めました。それまで腹部に回していた腕もすっと引っこ抜いていきます。
あまりの素早さに私の方が驚いてしまいました。
「お、大上君?」
一体、どうしたのでしょうか。先程まで、絶対に離れないと言わんばかりに密着していたのに、今では密着することを少し躊躇っているようです。
大上君がいなくなった背中は一瞬で涼しくなってしまいましたが、先程まで感じていた熱がすでに恋しいと思っている自分がいました。
もう、密着する時間は終わりなのでしょうか。少し寂しさのようなものを感じた私は確かめるように呼びかけます。
「大上君?」
「……ごめん、赤月さん。本っ当にごめん……」
何故か、大上君は苦しげにぽつりと謝ってきます。どうして突然、謝ってくるのでしょうか。
それまで大上君の方に背中を向けていましたが、私は勇気を出して、ゆっくりと後ろへと寝返りを打つように振り返ります。
視線を向ければ、そこには両手で顔を覆って隠している大上君が居ました。
「おっ……大上君!? 一体、どうしたのですかっ?」
まさか、泣いているのでしょうか。どうしましょう、もしかすると私は知らないうちに大上君を傷付けてしまったのかもしれません。
私は焦ったように声をかけますが、大上君はふるふると首を横に振って否定しました。
「ごめん……。俺が悪いんだ。……俺の身体が正直者過ぎて……」
「え?」
「いや、自制しようと努力はしているんだけれど、こういうのは感情の昂りによって起きやすいから……。出来るだけ気を付けていたんだけれど……。でも、身体が素直過ぎて……素直な反応過ぎて、辛い……辛いし、何より恥ずかしい……」
「ええっと、大上君?」
彼は一体何を言っているのでしょうか。理解が追い付かないので私は首を傾げてしまいます。
「あの、どうかしたのですか。……私が大上君に嫌なことをしてしまったのでしょうか」
「そんなことないよっ!……いや、でもある意味、赤月さんのせいかもしれない。だけど、これは俺の精神の未熟さが一番の問題で……」
「えっ……」
「うぅっ……情けない姿を見せてしまった……。赤月さんに嫌がられてしまう……。もう、このたるんだ精神を鍛え直すために滝行でもするしかない……」
「……」
大上君は唸るように呟いています。とりあえず、嫌な気分にさせていないようならば、良かったです。
言葉や態度一つで相手を傷付けてしまう場合があるので、注意したいのです。
ですが、大上君は何故か落ち込んでいるようですね。この短時間で彼に一体何が起きたのでしょうか。
「大上君?」
「……ごめんね、赤月さん。嫌な思いをさせてしまって……」
「嫌な思いですか?」
何か、私が嫌な気分になる状況なんてあったでしょうか。
「何だか良く分かりませんが、私は嫌な思いなんてしていませんよ?」
「……うん、まぁ……気付いていないならば、それが一番良いんだけれどね……。でも、今後のことを考えるならば、知らないままでいいのか迷うところだよね……。こういうことって、学校の授業で教わるはずだけれど……いや、でもそんな細部まではやらないよね。授業内では軽く触れるくらいの扱いしかしないだろうし……やっぱり、俺がいつか直接教えることになるのかな……。それはそれで何だか辛い……。辛いし、純粋過ぎる赤月さんの耳を汚すようなことはしたくないし……。ううぅっ、どうすればいいんだ、俺は……!」
「?」
私に聞こえるか聞こえないかの小声で大上君は長文で呟いています。
声をかけるべきか迷いますが、きっと心の中を整理しているのでしょう。そういう時は、そっとしておくのが一番です。