赤月さん、吐息にやられる。
私がどうにか逃げようともがいていることに気付いたのか、大上君は私の両足に彼の足をわざとらしく絡めてきます。
ここまでお互いの身体を密着させるのは初めてです。
そして、何よりも暑いです。身体が熱いせいでもあると思いますが、夏場に密着は暑いです。……いえ、暑いと言ったのは単なる照れ隠しですが。
「っ……」
複雑に組まれているわけではないのに大上君は特に力を入れることなく私の足をあっと言う間に動けない状態へと持ち込んでいます。
その技術、どこで覚えたんですか。
まさか、他の誰かを実技に使って……はさすがにありえませんね、大上君なので。
もしかすると、本やテレビなどで覚えたのかもしれません。誰ですか、大上君にこんな妙な技を教えたのは!
「……何だか、この体勢は本当にいけないことをしている気分になるね」
声音は満足げに大上君がぼそり、と私の耳元で呟きます。相当、気に入っているようですね、この体勢。
私は顔が爆発してしまいそうな程に熱くなってしまっているのですが。
「……っ、そう思っているならばやらないで下さい……」
「だって、せっかく赤月さんと密着出来る機会だもん。……ずっと願望として抱いていた、あんなことやこんなことがしたい……」
大上君は何かを自制するように、うーんと唸っています。どうか、そのまま変なことをしないように心掛けて欲しいですね。
と言うよりも、大上君、私としたいと思っていることがたくさんあるようですね。
私はお付き合いする人は大上君が初めてですが、世の恋人達はデートの他にどのようなことをするのでしょうか。
少し調べてみた方がいいかもしれませんね。もちろん、大上君が喜んでくれることをしたいと思います。
それまで私の耳を軽く甘噛みしていた大上君ですが、標的を変えたようで今度は私の左肩へと唇を落としてきました。
さすがに寝間着を着ているので、布越しですが。
ですが、何となくこの後の予想はついています。何故ならば、大上君だからです。
「……ちょっとだけ、失礼してもいい?」
「……どういう意味ですか?」
「肩にも……」
やはり印を付けたい、ということでしょうか。先日の件で味を占めたのでしょう。
「……夏場なので、この前のように見える場所以外ならばいいですけれど」
大上君から付けられた痕を服で隠しながら一日を過ごすのは、かなり気を使わなければならないのでその労力を考えて欲しいです。
それにあと数日もすれば、私も実家に帰ることになります。家族にはまだ私に大上君という彼氏が出来たことは伝えていません。
ですが、恐らく弟や妹あたりが「大学で彼氏出来た!?」と聞いてくるのが簡単に想像出来ます。そうなってしまえば、彼氏とどこまで進んだのかと訊ねてくるに違いありません。
そして、弟と妹がはしゃいでいる姿を見た父が「彼氏が出来たのか!?」と悲壮な表情を浮かべるところまで想像出来ました。
つまり、家族にはまだ私に大上君という存在がいることを知られたくはないのです。
なので、幼馴染の白ちゃんとことちゃんには大上君のことを先に口止めしておかなければなりませんね。
私の安らかな夏休みのために。
それに家族に彼氏がいるという話をするのは何だか気恥ずかしいではありませんか。
妹は良く、同級生の誰それが好きだと言って私に相談してきますが、私自身はその手の話は元々、あまり得意ではなかったので、自分が主体となって家族間で話をするには少し気が重いのです。
そんなことを考えているうちに大上君が私の肩口に印を付けやすいようにと寝間着をゆっくりと、ゆーっくりとずらしていきます。
「……やっぱり、布越しよりも素肌の方がいい」
「危うい発言をしないで下さい」
大上君は私の言葉に臆することなく、そのまま唇をゆっくりと肩口に添えるように落としてきました。
添えるだけならば良いんですけれど、そこから「かぷっ」と大上君は甘噛みしてきます。本当に甘噛みが好きですね。
かぷかぷっ、と何度も噛みついては痕を付けているようです。
このくらいの甘噛みならば、数日もかからずに消え去るでしょう。私は少しだけ安堵しました。
もしかすると大上君も私の事を気遣って、弱めに痕を付けようとしているのかもしれません。
「……ごめん、夢中になっていた。……痛くはない?」
大上君が囁くように訊ねてきたので、私は羞恥を押し殺し、静かに答えました。
「痛くはありませんが、くすぐったい感じがします」
特に、吐息が。
何というか、ひと呼吸、ひと呼吸がその……とても色気を感じるような吐息なので。
私の耳への精神的衛生上、良くはない吐息だと思います。耳から何かが侵入して、浸食していきそうです。