赤月さん、大上君の行動原理に気付く。
静寂の中、お互いの呼吸音が微かに聞こえている現状に気付いた私は思わず両手で口を押えました。
心臓が爆発してしまいそうなのに、それでも大上君に触れられることを嬉しいと思ってしまう自分もいて、一体どうすればいいのか分かりません。
「もし少しでも怖いと思ったり、嫌だと感じたら、教えて欲しい」
大上君の囁くような言葉に私はこくり、と頷き返すことしか出来ません。次第に大上君が私との距離を詰めつつ、触れていた左手を私の腹部の方へと回してきました。
「っ……」
後ろから抱きしめられているような体勢となり、私は思わず唾を飲み込みます。
大上君から感じられる熱が背中から直接伝わってきて、その距離はやがて埋まってしまいました。
夏だからでしょうか。それとも背中から感じられるこの温度は大上君自身が最初から抱いている熱なのでしょうか。
ですが、何故か安堵してしまう温かさも含んでいました。
「……この距離だと、赤月さんの温度も匂いも感触も……全部一緒に感じられて、酔ってしまいそうだ」
囁くように大上君は呟きましたが、その声は真っ直ぐ私の耳へと入ってきます。
「……好きだよ、赤月さん。……本当は君とこんな風に触れ合いたかったんだ。もちろん、ある程度の節度はちゃんと守るけれど……」
「っ……」
大上君は私の腹部に回していた腕に少しずつ力を込めて行きます。ぎゅと、まるで大事なものを抱くように大上君は私を抱きしめてきました。
身長差があるので、大上君の頭は私の頭の上辺りにあるようです。
だからこそ、大上君の心臓が私の耳元に近づき、彼が刻む音を知ることが出来ました。
その脈の音は私と同じか、それ以上に速く刻まれていて、決して大上君も余裕がある状態ではないと気付き、私は更に身体を強張らせてしまいます。
それでも大上君は無理に進めようとするのではなく、私の緊張をほぐすように後頭部へと軽く口付けてきました。
「幸せだなぁ……。こうやって、触れ合いながら隣で眠ることが出来るなんて……。明日は雪が降ってしまうかもしれない……」
「……夏なので、それは無いと思いますが」
大上君が私の後頭部辺りで言葉を発するたびに、吐息がかかってくすぐったく感じてしまいます。
「それほどまでに奇跡に近い、ってことだよ。今の状況がいかに幸せなのか、数か月前の俺ならば、想像さえもしていなかっただろうし。……想像することも出来ていなかっただろうね」
くすっと笑いながらも、心に余裕が出来たのか、空いていた右手を私の身体の下に滑り込ませてきました。
これで私の身体は大上君の両腕でがっしりと抱きしめられた状態になってしまいます。
ぎゅっと抱きしめつつも、大上君はちゃっかりと私の匂いを嗅いでいるようです。
正直、匂いを嗅がれるのは慣れていないのでとても恥ずかしいのですが、大上君があまりにも必死な様子だったので何も言えずにいました。
きっと、明日には実家に帰らなければならないので、今日のうちにたくさん私の匂いを嗅いでおこう、なんてそんなことを思っているに違いありません。
最近になって、大上君の考えていることや行動原理が分かるようになってきましたが、その心境は少々複雑です。
何故なら、大上君の行動原理の中心は私だからだと気付いてしまったからです。そう考えると恥ずかしさで爆発してしまいそうです。
それにしてもいつまで大上君は私の匂いを嗅ぐつもりなのでしょうか。匂いフェチですか。
「すー……はー……。……ああ、この幸せの中で一生を過ごしたい。明日、実家に帰りたくない……。赤月さんと幸せ夏休み生活を送りたい。朝から晩までいちゃいちゃして過ごしたい……。朝に赤月さんの熱を感じながら目覚めたいし、眠る際には赤月さんの熱を感じながら更に夢の中でもいちゃいちゃしたい……」
心に完全なる余裕を抱いた大上君はいつもの調子に戻ったようです。しかし、どれだけいちゃいちゃしたいと思っているんですか。心の声が駄々漏れですよ。