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赤月さん、大上君と一緒に寝る。

 

 大上君からのお願いを聞き入れた私は、隣に並んでいて寝ても寝苦しくないようにとクーラーをつけることにしました。


 夏場なので布団ではなく、バスタオルのような生地を布団代わりにしています。大上君用の枕にもバスタオルを使うことにしました。


 そのうち、大上君用の布団や枕を用意した方が……と思いましたが、今はとりあえず置いておくことにしました。

 状況が、状況なので考える暇がないからです。


「……それでは電気を消しますね」


「うん」


 私はリモコンを使って、部屋の電気を消します。そうしてしまえば、豆電球だけが室内でぼんやりと灯っていました。

 薄暗くなった部屋で目を凝らしていけば、輪郭がゆっくりと見えてくるようになりました。


 大上君に気付かれないように何度か深呼吸をしてから、私はベッドの中に入ります。


 すでにベッドに重みがあるのは、もちろん大上君の重みです。そう考えると、何だか余計に気恥ずかしくなって、彼の顔を見ることが出来なくなってしまいました。


 恐らく、彼はこちらを見ているのでしょう。

 ですが、今の状況で目が合ってしまえば動けなくなってしまうと分かっていたので、私はあえて目を合わせることはしませんでした。


「……」


 無言のまま、私はゆっくりとベッドの上で横になります。

 天井に視線を向けることも、ましてや大上君が寝ている左側へと身体の向きを向けることも出来ないので、自然と彼へと背中を向ける形で横になってしまいました。


 ベッドの上には私と大上君が横になって寝ている状態なのですが、正直に言って、こんな状況で眠れるわけがありません。


 無理です。

 心臓が大きく鳴っては逆に目が冴えてしまいます。


 黙ったままでぎゅっと目を瞑ってしまえば、これ以上、身動きを取ることさえも出来なくなってしまいました。

 大上君に心臓の音が伝わっていないことを祈るばかりです。


 たとえ、大上君が私に変なことをしないと宣言していても、「恋人」と初めて隣で眠るという状況に緊張しないわけがないのですから。


「……」


 私の耳に小さくですが、大上君が身じろぎした音が入ってきました。彼が動いたようです。


「……赤月さん」


「っ……」


 それ程、距離は詰めていないはずなのに、大上君の声がすぐ傍で聞こえた気がしたのは状況による効果でしょうか。

 一瞬で私の脳内を大上君の声が支配していきます。


「な……ん、ですか」


 少し掠れた声で私は返事を返しましたが、呼吸をすることさえも難しくなっていました。


「……触れてもいい?」


 どこか、乞うように大上君は問いかけてきます。


 きっと、私が嫌だと答えたら、大上君は触れることはしないのでしょう。彼はそういう人です。


 いつだって、どんな時だって、私のことを一番に想ってくれている人だと分かっているからこそ、私が嫌がることはしないのです。

 それ故に、彼は私に許可を求めてくるのでしょう。……跳ね返すことの出来ない許可を。


「君に触れたい」


 低くも熱が込められた声が耳の内側に入ってきたことで、私の心臓はまるで縛り上げられたように一瞬だけ、ぎゅっと縮まった気がしました。

 声だけで、どうしてこんなにも切ない気分になるのでしょうか。


 何か、何か答えなければ。

 それでも恥ずかしさが勝った私は声を発することが出来ずにいました。


「……やっぱり……駄目、かな?」


 諦めが混じった声が真後ろから聞こえたことで、私ははっとしました。


「ち……違い、ます……。あの……」


 大上君の問いかけの中に諦めだけでなく、悲しみの声が混じったような気がして、私は必死に言葉を返します。


「あの、恥ずかしい、だけで……。別に、大上君が……私に……触れることが嫌、というわけでは……」


 私が言葉を綴っている途中で、背中に迫る気配が大きくなった気がしました。それと同時にベッドを軋ませる重みの音が室内に小さく響きます。


「……本当に?」


 先程よりも間近で大上君の声が、私の耳の奥深くまで支配してきました。


「……怖くはない?」


「……大上君は私に、怖いことなんてしないと思っているので」


 私が何とかそう答えると、大上君からはどこか苦笑するような吐息が漏れ聞こえました。


「……そこまで信用されていると……嬉しいような、悩ましいような……」


 独り言をぽつりと零し、そして大上君は私に囁くように呟きます。


「それじゃあ……本当に触れても良いんだね?」


「……」


 今度は言葉を返すことは出来ませんでしたが、大上君はまるで私の答えが分かっているというように、私の背中を左手でゆっくりと触れてきました。


 なぞるように触れられたことで、妙な感触を抱いた私はびくりと身体を小さく揺らしてしまいます。


「っ、ぁ……」


 触れられている、と自覚してしまえば私の中の熱が一気に上昇していきます。


 きっと、大上君も私の身体が熱を生んでしまっていることに気付いているのでしょう。それでも彼はからかうことなく、私との距離を穏やかに詰めてきました。


 まるで腫れ物に触れるように。

 手の届かない宝物に、一度だけ触れることを許されたような、そんな慎重な手付きで彼は私に触れるのです。

 

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