大上君、邪念を打ち消す。
何とか、大上君がお風呂から上がってくる前に平常心を取り戻すことは出来ました。
それでも大上君を視界に映してしまったら、先程の想像をもう一度思い出してしまいそうです。
そう思っていると、お風呂から上がった大上君がお風呂場からリビングへと戻ってきました。まだ、心の準備が出来ていなかったので、私は表情に出さないようにと何とか堪えます。
「──お風呂、先に頂きました。貸してくれてありがとう、赤月さん。気持ち良かったよ」
「……いいえ」
大上君は珍しく黒地の半袖シャツを着ていました。恐らく、部屋着なのでしょう。下に履いている半ズボンは涼しそうな素材で出来ています。
ちゃんと服を着たまま上がってくれて、本当に良かったです。いえ、着ていなかったら追い出しますけれど。
タオルで髪を拭きながらリビングへと入ってきた大上君に、私はドライヤーを渡します。
「はい、どうぞ。コンセントはそちらにありますので。あ、あと麦茶も用意してあるので、飲んで下さいね? アイスは今、食べますか?」
「ありがとう。うーん、アイスは赤月さんがお風呂を上がってからでいいかな。一緒に食べようよ」
「……分かりました。それじゃあ、私もお風呂に入ってきますね」
「うん」
「……くれぐれも私の部屋を物色したりしないで下さいよ?」
「し、しないよっ!? 俺、そこまで常識がない奴じゃないからね!?」
大上君はかなり必死に手を横に振っているので、信じようと思います。さすがに私が嫌だと思うことはしない人だと分かっているので。
着替えとタオルを手に取った私はお風呂場へと向かうことにしました。
・・・・・・・・・・
赤月さんがお風呂に入っている間、俺は貸してもらったドライヤーで髪を交わしつつ、彼女の部屋を何となく眺めてみる。
室内に置かれている物が多くはないように見えるのはシンプルに整頓されているからだろう。
「……夢みたいだなぁ」
そんな呟きはドライヤーの音で消えていってしまう。
赤月さんと再び出会って、もう一度ちゃんと恋をして、そして恋人として付き合って、更には赤月さんの家に泊まる──。
数か月前の自分が今の状況を知ったならば、踊るように歓喜するだろう。
「うーん……。今夜は平常心が保てるか不安だな……」
そういえば、寝る時はどんな風に寝るつもりなのだろうか。
もし赤月さんに添い寝が出来るなら嬉しい限りだが、今は夏だし、密着すれば暑いと嫌がられてしまうかもしれない。
別に赤月さんと同じ部屋で眠ることが出来るならば、俺は床上だって構わない。
何なら、同じ空気が吸える場所で眠れるならばどこでだっていいと思っている。
そう考えると、同じ地球の上ならばどこでもいいのではとさえ思えてくるから不思議だ。
それでも、出来るならば。
出来るならば、自分の手の届く範囲に居て欲しいと思ってしまうのだ。
俺の我が儘だと分かっているから、口にすることは無いけれど。
俺は視線をリビングから脱衣所に繋がっている扉へと向ける。
今、赤月さんはお風呂に入っている。
もちろん、覗こうなどと失礼なことは思っていない。もし仮に覗いていいと言われたならば、全力で覗いて脳裏と魂に刻むつもりである。
「はぁ……」
それにしても、明日からは赤月さんと遠距離になってしまうなんて、とんだ災難である。
実家の都合なので手伝いは仕方ないと思っているが、せっかく赤月さんと恋人になれたというのに夏休み初日から離れなければいけないなんて、あまりにも悲し過ぎる。
俺が離れている間に赤月さんに言い寄る輩が現れたらどうしよう──いや、幼馴染二人が撃退してくれるだろう、物理的にも精神的にも。
あの二人はいまだに赤月さんに対して過保護なので、きっと赤月さんを守ってくれるに違いない。
けれど、半月という長い月日を堪えたら、赤月さんが大上神社の手伝いに来てくれるので嬉しい限りだ。
アルバイトだけれど赤月さんの巫女装束……想像しただけで鼻血ものだ。
輸血の準備をしておいた方が良いかもしれない。
純粋無垢で可愛い赤月さんが巫女装束を纏うとなれば、純潔さと清廉さがぐっと付加されて、更に尊い存在になること間違いなしだ。
……でも、俺以外の人間に見られるのは何だか癪だな。誘ったのは俺だけれど。
それから赤月さんがお風呂から上がって来るまでの間、俺は赤月さんの巫女装束姿を想像しては鼻から噴き出そうになったものを指で押さえつつ、何とか邪念を打ち消していた。