赤月さん、お風呂に誘われる。
大上君は一時間半ほどで私の部屋へと戻ってきました。視線を向けると、彼の両手には帰省用とお泊り用の荷物が掴まれていました。
帰省用の荷物は思っていたよりも多くはないようです。実家の方に元々、予備の着替えを置いているのか、先に宅急便で送っているのかもしれません。
「えっと、お帰りなさいです……?」
私は大上君が靴を脱ぎやすいようにと、彼が持っていた荷物を受け取りつつ、何となく言葉を発します。
すると大上君は空いた手で胸元をぐっと握りしめ、苦しげに呟きました。
「うぐっ……。俺の中で赤月さんに言われたい台詞、第八位……! ありがとうございます、ご馳走様です!」
「あの、今の時間は二十一時前なので、静かにお願いしますね。近所迷惑になってしまいますので」
「了解です!」
大上君は笑顔で答えますが、私に言われたい台詞って一体どういうことなのでしょうか。何位まであるのか気になりますが訊ねるのは止めておきましょう。
「それにしてもお戻りになるのが早かったですね」
「赤月さんの部屋に泊まれると思ったら、やる気が三倍くらい出ちゃって。部屋の掃除は一時間くらいで完璧に終わらせてきたよ! まぁ日々、赤月さんが俺の部屋に来ることを前提に、こまめに掃除していたから、それほど細かく掃除するところがなかったんだけれどね」
「そ、それは良かったです……」
大上君、色々と器用なのでやる気を出せば、どんなこともあっという間に終わってしまいそうですね。
私が部屋に訪れることを前提としていると言っていますが、確かに大上君の部屋にいつ行っても塵一つ落ちていませんでしたね。
掃除好きな人かと思っていましたが、そういう理由だったのですね。
私は大上君の荷物をリビングへと運びつつ、とあることを提案しました。
「大上君、良ければ先にお風呂に入りませんか? 先程、丁度沸いたところなんです」
「赤月さんが毎日入っているお風呂……! でも、出来るならば赤月さんが入った後のお風呂に入りたい……」
「変なことを想像したら、シャワーしか使用させませんよ」
「考えていませんっ!」
必死に首を横に振る大上君に対して、私は小さく笑ってから、新品のタオルを渡しました。
「大上君の部屋のお風呂と似たような構造なので、多分使い方は分かると思いますが……。分からなかったら呼んで下さいね」
「うん、分かった。それじゃあ、先にお風呂を借りるね。部屋の掃除をしてきたから、実は埃っぽいのが気になっていたんだよね」
さっそく借りるね、と言ってから大上君はお泊り用の荷物の中から着替えを取り出し始めます。
脱衣所と台所は同じ部屋にあるので、私は大上君の着替えを見ないようにとその場から離れました。
すると、大上君が閉めかけた扉に手をかけてから、私に向かって小さく笑いながら提案してきたのです。
「赤月さん。……一緒にお風呂に入る?」
「っ!?」
大上君からの突然のお誘いに、思わず言葉にならない声を発してしまいました。
「はっ、入りませんっ! 破廉恥ですよ!?」
「えー……」
不満そうな表情を浮かべる大上君に対して、私はふるふると首を横に振って反論します。
「大体、私の部屋のお風呂はそれほど広くはないので、二人も入れません!」
「それなら、広いお風呂だったら一緒に入ってくれるの?」
「なっ……!? そっ、そういう意味ではありませんっ!」
「今度、部屋に露天風呂が付いている旅館でも予約しようか。それなら、ゆっくりと二人だけで入れるよ?」
「どうしても一緒にお風呂に入りたいんですね……」
欲望に忠実過ぎる大上君に対して、私は深く溜息を吐いてから、お風呂場がある方へと彼の身体を押しやります。
「ほら、早く入って来てください。お風呂上りに冷たい麦茶とアイスを用意しておくので」
「本当? よし、すぐに上がってくるね!」
「ゆっくりどうぞです」
まるで嵐が去るように大上君は扉の向こう側へと顔を引っ込ませていきます。私は扉を閉めてから、ふっと息を吐きました。
そして、大上君が言っていた、一緒にお風呂に入るという案件について思い出します。
大上君は着痩せする人なので、きっと程よい筋肉をお持ちなのでしょう。それが目の前に現れてしまえば、私はきっと両手で顔を覆ってしまうに違いありません。
お風呂に一緒に入る、ということはそれなりの密着があるということです。しかも服を脱いだ状態ということです。
そんなことを想像してしまえば、私は茹で上がった蛸のように身体が熱くなっていくのを感じていました。
「……破廉恥です」
ぶんぶんと首を横に振ってから、想像していたものを脳内から消そうと試みてみます。
全く、大上君のせいで変なことを考えてしまったではありませんか。
私は行き場のない羞恥心を持て余すしかありませんでした。
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