赤月さん、我が儘を伝える。
「赤月さんからされて、迷惑なことなんて一つもないよ」
身体が強張ってしまっていた私の背中を大上君はゆっくりとした手付きで撫でてきました。
「むしろ、赤月さんの気持ちが聞けるなんて、本望だよ。……赤月さんに関することなら、何でも知りたいし、希望があるなら全力で叶えてあげたいと思っているからね」
「だって……これは、私の我が儘になってしまいますし……」
私が言い淀むと、大上君は何故か嬉しそうな声音で笑い返してきました。
「あのね、赤月さん。……大好きな恋人から、我が儘を言われるなんて、俺にとってはご褒美だよ? 君のお願いは俺からしてみれば、甘いおやつなんだよ。だから、赤月さんが本当は何を思っているのか、教えて欲しいなぁ」
ぽんぽん、とまるで赤子をあやすように大上君は私の背中を軽く叩いては、二度目となる口付けを頭に落としてきます。
「……我が儘なんですよ?」
「うん」
「……大上君が明日、大変なことになってしまうかもしれないのに」
「へぇ、それはぜひ、どんな我が儘なのか聞いてみたいなぁ」
大上君はどこか楽しそうに言葉を返してきます。私は大上君の服の胸元辺りをぎゅっと握りしめつつ、ぼそりと呟きました。
「……大上君と会えなくなるの、寂しいです」
やっとの思いで出た言葉は抱いている寂しさを加速させていくものでした。だからこそ、本当は言葉にしたくはなかったのです。
私の言葉に対して、大上君は困ってしまったのか、それとも別の何かを思っているのか、身体を強張らせているようでした。
「今日……帰っちゃ、いや、です……」
私は更に大上君の服をぎゅっと縋るように握りつつ、言葉を続けます。
「……あの、家に……。今夜は、私の部屋に……泊まって、いきませんか……?」
絞り出すように出た言葉は自分でも驚くものでした。いつの間に、私はこれ程までに大上君という存在を求めるようになっていたのでしょうか。
つい先程まで、泊まることを推奨などしていなかったというのに。
大上君に対して、今日は早めに帰らないといけないと諭していたというのに。
それなのに、私の心の中に生まれてしまった寂しさは、大上君を求めてしまったのです。
急に恥ずかしく感じた私は身体中が熱を持ち始めたことを自覚し、更に身体を縮ませます。
まるで怖い夢を見て、一人で眠れなくなってしまった子どもが親にお願いをしているみたいに思えて、居た堪れなくなってしまいました。
「……」
大上君は私に返事をすることなく、暫くの間、無言でした。やはり、大上君に迷惑をかけてしまう我が儘を言ってしまったので、きっと返事に困っているのでしょう。
静けさが訪れたこの空間をどのように切り抜けて、雰囲気をもとに戻そうかと考えていると突如、大上君は私の両肩を両手で握りしめて、身体ごと引き離します。
「きゃっ……」
それまで伏せていた私の顔は一瞬で、大上君によって暴かれてしまいました。
赤面している顔を見ているのでしょう、大上君はまじまじと私を見つめてきます。まるで獲物を狙う獣のように、大上君の瞳は普段以上に鋭くなっていました。
「やっ……。見ないで下さい……っ」
「──嫌だ」
私が両手で隠そうとすると、今度はその両手の手首を掴み上げてから、大上君は言葉を返してきます。
「嫌だ、全部見る。……赤月さんが思っていることも、感じていることも、浮かべている表情の意味も全部知りたい。──全部、俺のものだからね」
「……っ」
息が出来なくなりそうになっても、大上君は私から視線を逸らすことはありません。
止めて欲しいのに、それでも逸らして欲しくなくて、私は見られることに耐えるしかありませんでした。
「ねぇ、赤月さん。今、俺に帰って欲しくはないって言ったよね? 聞き間違いじゃないよね? このまま、家に泊まって欲しいって、ちゃんと言ったよね?」
何度も確認するように大上君は訊ねてきます。もう、引き戻ることは出来ないと分かっているので、私はこくりと頷き返しました。
「それは赤月さんが、俺が実家に帰ることを寂しいって思ってくれているから、そう思ってくれたんだよね? 俺と離れがたいという意味で良いんだよね?」
「……そう、です……っ」
大上君からの質問攻めに対して半ば、自棄気味に私は答えます。
そんな風に質問を受けてしまえば、私がどのような反応をするのか分かっているはずなのに、大上君ははっきりと問いかけてくるのです。