赤月さん、寂しく思う。
暫くの間、無言が続いていましたが、どこかはっとするような反応が頭上から返ってきました。
「……赤月さん、顔を上げて?」
「……嫌です」
大上君からの要求を受け入れることが出来なかった私は彼の胸の中に額を押し付けつつ答えました。
泣いてはいないとは言え、今、顔を見られたくはないと思ってしまったからです。それは恐らく、大上君に私が「寂しい」と思っていることを看破されたからでしょう。
「それじゃあ、赤月さんが今、思っていることを俺が勝手に読み取っちゃうけれど……いいかな?」
「……駄目です」
子どもが我が儘を言うように、私は小さく呟きます。
本当は大上君が実家へと帰ってしまい、暫くの間、会うことが出来ないのが寂しいのです。でも、それを自覚してはいけないような気がして、ひたすら否定するしかありませんでした。
「赤月さんは素直なようで、たまに素直じゃないところもあるからなぁ」
くすっと笑う声が頭上から零れてきます。そして、大上君は私の身体を抱いている腕にもう一度、力を入れてきました。
抱きしめられるたびに、安堵してしまう自分がいます。
本当はこの温度の温かさと柔らかさに慣れてはいけないのに、私の身体は自然と大上君の熱を求めるようになってしまっていました。
「俺は赤月さんと離れるのがとても寂しいと思っているけれど……。赤月さんは、どうかな?」
「……そういう質問の仕方はずるいと思います」
「うん。俺はずるい人間だからね」
大上君はあっけらかんと告げてから、小さく笑っています。まるで、私が最初から何を思っているのか分かっていると言わんばかりに。
「ねえ、赤月さん」
「……」
「赤月さんは俺と一緒に居るの、好き?」
まさかの質問に私は口から出かけていた言葉を一度、ぐっと喉の奥へと押し込めました。二択の答えしかない質問を用意されてしまえば、どちらかを答えなければならなくなります。
気付かれないように心を落ち着かせてから、私は大上君に顔を見せることなく、呟きました。
「……どちらかと言えば、好きです」
「ふふっ、その答え方も素直じゃないなぁ。可愛いけれど。……でも、そうか。赤月さんは俺と一緒に居るの、好きでいてくれたんだ。……うーん、嬉し過ぎて色々とまずいな……」
大上君は言葉の最後の方をもごもごと濁しつつ、言い淀みました。
「俺も赤月さんとずっと一緒に居たいなぁ」
「……でも、帰らないといけないのでしょう。大上君のご家族も、あなたが帰って来るのを待っていると思いますよ」
私がそう答えると、大上君はふっと息を漏らしました。
「その言い方はまるで、俺に帰って欲しくはないと言っているように聞こえるんだけれど……聞き間違いではないよね?」
「っ……」
私はそこで、大上君の罠にはまってしまっていたことを自覚します。
「……大上君、口が巧み過ぎます」
「誘導尋問はわりと得意だよ?」
素直に自分が罠を張ったことを認めているようで、大上君はくすくすと更に笑ってから、私の頭に軽く口付けを落としてきました。
「赤月さん、本当のことを言って? 赤月さんは、俺に、どうして欲しいの?」
大上君は一言、一言を私の中へと染み込ませるように呟きます。それはおねだりしているようにも聞こえました。
ですが、私はふるふると首を横に振ることしか出来ません。大上君に迷惑がかかってしまうと分かっているからです。
「頑固な赤月さんも可愛い……って、今はそうじゃなくって。……俺は赤月さんが、本当はどう思っているのかを聞きたいなぁ」
「嫌です。……だって、言ってしまったら、大上君はその通りにするでしょう」
「うん。赤月さんを第一優先で生きているからね」
「ほら、そういうところです。……大上君に迷惑がかかると分かっているのに、自分の気持ちを易々と言うことなんて出来ません」
我が儘を言ってはいけないと分かっています。でも、私の心は大上君を求めているような気がして、なおさら寂しくなっているのでしょう。
自覚してしまえば何となく虚しく思えて、私は更に顔を伏せることで大上君に気持ちを悟られないように努めるしかありませんでした。