赤月さん、大上君を撫でる。
食べ終わった後、二人分の食器を洗おうとしたのですが「俺がやるから、赤月さんは休んでいて!」と大上君に半ば強引に座らされてしまいました。
手慣れているようで、大上君は十分ほどで皿洗いを終えてからリビングへと戻ってきます。この人に出来ないことってあるのでしょうか。
「お皿を洗って下さり、ありがとうございました」
私は麦茶が入ったコップを大上君へと渡します。水分補給はこまめに摂らないといけませんからね。
「ううん、夕飯をご馳走になったんだから、このくらいはやらないとね」
大上君は「ありがとう」と言ってからコップを受け取り、麦茶を一気に飲み干してから私の隣へと腰を下ろします。
ですが、ふっと深い息を吐いた彼はどこか陰りを含んだ表情をしていました。
「でも、明日から赤月さんに会えないなんて……。今日がもう一度、最初からループしないかな……。そうすれば赤月さんと同じ時間を過ごせるのに」
「えっ、嫌ですよ……。ループしたら、もう一度、試験を受けなければならなくなりますし……」
せっかく、試験が終わったことに対する解放感を味わっているというのに、もう一度、同じ試験をしなければならないのは面倒です。
「だって、寂しいんだもん……」
「だもん、って……」
まるで拗ねているように大上君は小さく唇を尖らせています。普段とは違う可愛い表情を浮かべる大上君に、私はくすっと笑ってしまいました。
それから、私は座ったまま右手を大上君の方へと伸ばし、優しくゆっくりと彼の頭を撫でていきます。
大上君の髪は思っているよりも柔らかくて、まるで子犬を撫でているような気分になりますね。
よしよし、と何度も撫でては大上君が元気になれるように心の中で「頑張れ」と言葉を呟きます。
「っ、あ……赤月さんっ?」
私が突然、頭を撫でてきたので大上君は驚いたのでしょう。少しだけ戸惑うような表情でこちらを見下ろしてきます。
「明日から、大上君が頑張れるように私からの励ましです。……熱中症で倒れたり、怪我をしないように気を付けて下さいね。えーっと、それと他には……」
「っ……! 赤月さんっ……!」
私の言葉に感激したのか、大上君は「ぶわっ」という表現が似合う程に涙を浮かべてから私をそのまま抱きしめてきます。
「ひゃっ!? ちょ、お、大上君っ……!?」
ぎゅっと身体を抱きしめられたため、私は動けない状態となりました。完全に包囲されています。
「はぁぁぁ……! このまま実家にお持ち帰りしたい……。むしろ実家に帰りたくない……。赤月さんの傍にずっと居たい……。俺と赤月さんを離れさせるなんて、運命は残酷だ……」
私を抱きしめている大上君はぶつぶつと呟きつつも、離す気が微塵もないのか、更に腕の力を強めてきます。
大上君の胸が私の耳のすぐ傍にあるので、どくん、どくんと彼の心臓の音が大きく聞こえてきます。
私を抱きしめる腕は確かに強いですが、それでも痛いものではありません。
ただ、包み込んでいるだけで、私に痛みを与えないようにと大上君が配慮してくれているのが分かります。
「……」
今、感じているこの温度は暫くの間、お預けになるのでしょう。そう思うと、少しだけ寂しさのようなものが込み上げてきた気がして、私は顔を伏せます。
「赤月さん?」
私が身じろぎしたのが分かったのか、大上君が頭上から声をかけてきました。
大上君は私を抱きしめているのに、いつもと様子が変わることはありません。
私はこんなにも身体の芯から熱くなってしまっているというのに、大上君だけずるいです。
ちょっとだけ悔しく思った私は、額を大上君の胸元へと押し付けて、ぐりぐりと動かしてみます。
「あっ、あ、かつき、さんっ……ちょっ……」
突然の行為に大上君は慌て始めます。ちょっとだけ意趣返しが出来たので、私は満足です。
……でも、今日で大上君とは暫く会えないんですよね。
さっきまでは何ともないと思っていたのに、大上君がいざ帰る時間になってしまえば、「帰って欲しくない」と思ってしまう自分が心の中に居て、ちょっとだけ複雑な気分です。
「……もしかして、寂しがってくれているの?」
「……」
大上君から、そう訊ねられたのに私はすぐに答えることが出来ず、顔を胸に押し付けることしか出来ませんでした。