赤月さん、アルバイトを楽しみにする。
「いやぁ、三人が手伝ってくれて、本当に助かるよ……。小規模のお祭りだけれど、地域の人が結構、参列するからその対応が大変なんだよね」
「実家が神社だと、色々と知らない気苦労がありそうだね。まぁ、僕達で出来ることがあれば可能な限り手伝わせてもらうよ。良い経験にもなるだろうし」
そういえば、子どもの頃はお祭りで小さなお神輿を担ぐことは稀にありましたが、歳を取るたびにお祭りに参加する機会は減っていきましたからね。
白ちゃんも表情にはあまり出ていませんが楽しみなのでしょう。
「お祭り……つまり、屋台が出るのか?」
「屋台? うん、多くはないけれど、食べ物系の屋台は結構出るって聞いたよ」
「ほう」
ことちゃんのやる気スイッチが更に入ったようですね。彼女、食べるのが大好きなので。
「赤月さんも、手伝ってくれてありがとう」
「いえ……。でも、神社でのアルバイトは初めてなので……上手く出来るか少しだけ不安です」
「大丈夫だよ。アルバイトの側には常に指導係として、俺の姉が付いてくれているはずだから。分からないことがあったら、すぐに姉達に聞くといいよ」
そういえば、大上君にはお姉さんが二人居るって言っていましたね。
「お姉さん、どんな方なんですか?」
私が何気なく訊ねると大上君はどこか苦い物を食べたような表情を瞬時に浮かべました。
「……前向きで明るい人達なんだけれど、少しだけ我が強くて……あと、小さくて可愛いものが好きな性格かな」
そう言って、私をじっと見つめてきます。
「あー……。赤月さん、絶対、うちの姉に気に入られるに決まっているよ……。あの人達の好み、ど真ん中だもん……」
「そ、そうですか……?」
「だって、考えてもみてよ。俺の姉だよ? 姦しい姉が二人もいるんだよ? 俺がそのまま女の子になったような二人だよ?」
「……それは……」
何故でしょう。大上君のお姉さんに会ったことはないはずなのに、何となく性格を想像出来てしまいます。
「とりあえず、姉二人の前では油断も隙も見せないようにしてね!」
「りょ、了解です……」
こくりと私が力強く頷き返すと、大上君は満足したような表情を浮かべてから安堵の溜息を吐きます。
「それじゃあ、詳しい話はまた後でメールするね」
大上君は空になっているお皿が載っているトレイを持ってから立ち上がります。
「あれ、次の時間、試験でしたっけ?」
「ううん。また実家に電話をかけ直そうと思って。三人のアルバイトが見つかったことを伝えれば、きっと向こうも安堵すると思うし」
「なるほど」
「赤月さんとはまた次の試験で会うけれど、真白と山峰さんとは今日でお別れだね。アルバイトの日まで、まだ時間はあるけれど、良い夏休みを」
「おう、またな」
「メール、待っているよ」
大上君は速足でその場を去っていきました。余程、急いでいるようです。
「それにしても神社でアルバイトか。何だか、新鮮だね」
「そうだな。まぁ、美味しい物がいっぱいありそうだし、頑張るか」
「ことちゃんってば、食べ物のことばかり……。でも、ちょっとだけ楽しみだね」
「夏の祭りと言えば、湖の上から打ち上げられる花火を見に行くくらいだったからな。運営側で参加することなんて、小学校以来じゃないか?」
「あー、小学校の頃にお神輿を担いだやつか」
どうやら、二人もお神輿を担いだことを覚えていたようです。
「懐かしいね。法被を着て、三人で並んで撮った写真、まだうちに飾ってあるよ」
「げっ。確か、私が林檎飴と綿あめでべとべとになっているやつだろう」
ことちゃんにとっては恥ずかしい思い出だったようで、すぐに苦い表情を浮かべます。
「大上神社でのアルバイトでは巫女装束を着装するみたいだし、食べ過ぎには注意しろよ、小虎」
「わ、分かっているって!」
そう言ってことちゃんは頬を膨らませて、腕を組みますが、恐らく当日になってしまえば、並んだ屋台の食べ物に目移りしては手を伸ばすのでしょう。
巫女装束は借り物になると思うので、汚さないように注意しないといけませんね。
とりあえず、アルバイトの日を迎えるために今は試験に集中しましょう。私達は空の食器が載ったトレイを返却口へと返してから、試験の時間になるまで図書館で勉強することにしました。