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赤月さん、寂しさが移る。

 

 結局、その後はレポートの続きを始めたのですが、大上君がレポートを進める速度は恐ろしい程に尋常ではありませんでした。

 やる気に満ちているとはまさにこのことでしょう。


 資料の本を片手で高速で捲りつつ、そして片手でパソコンへと文字を入力する様は何と表現していいのか分からない程に早過ぎて、目に留まらなかったくらいです。


 私が残りのレポートを書き終わったと同時に大上君もレポートを終わらせていました。恐るべし、やる気の力です。


 ですが、これで提出するレポートは終わったので後は期末の試験に向けた勉強に集中して、夏休みを迎えるだけです。

 大上君が夏休みにどこかへ遊びに行こうと誘ってくれましたが、まだ計画中です。期末試験が終わってから、計画をしっかりと立てたいですね。


 そして、夕食のために用意していたカレーを大上君は笑顔で三杯もおかわりしていました。見た目は細身ですが意外と食べるんですね、驚きです。


 そして、食事代と材料代を払うので、持ってきたタッパーにカレーをお持ち帰りしたいと言われました。

 食い下がられましたが、さすがに現金を頂くのは気が引けるので今度、学食で一食分だけ奢ってもらうことにしました。


 タッパーにカレーを注ぎましたが、永久冷凍保存するわけではありませんよね?

 ちゃんと食べるつもりか心配です。


 夕食を食べ終わり、片付けをしてしまえば十九時になりかけていました。明日は月曜日なので、そろそろ解散した方がいいでしょう。


「うぅ……。帰りたくない……」


 先日、水族館へとデートをした際と同じ言葉を大上君は呟いています。


「明日は月曜日ですから。遅くなると次の日に支障をきたしますよ?」


「それはそうかもしれないけれど……。ほ、ほらっ、赤月さんの家から俺の家まで百メートル程しか離れていないし……。もう少し、遅くなっても……」


「駄目です」


 私がきっぱりと断ると大上君は濡れた犬のような顔をしました。だ、駄目です。そんな表情をしても、長居はさせられませんからね……!


「明日もまた会えるではありませんか」


「うー……」


 嫌だ、嫌だと駄々をこねる姿はまるで小さな子どものようです。


「……いいもん。寝る前に赤月さんのことを思い出して、にやにやしながら眠るから」


「ちょっと待って下さい。変なことを想像しようとしていませんか」


「そんっ、な、ことっ、ない、よぉー?」


「だから、声が裏返っていますって。……想像なんかしなくても目の前に本物がいるのに」


 私の呟きが聞こえたのか、大上君は瞳をきらんと光らせます。


「まさか、俺の妄想にやきもちを……!?」


「妬いていませんよ」


「大丈夫だよ、俺の想像の中の赤月さんも可愛いけれど、目の前にいる赤月さんが一番可愛いから! 匂いも甘美だし、味は美味し過ぎてやみつきだし、触り心地は最高だし……」


「……それ、他の人の前では言わないで下さいね」


 でなければ、私達二人の間に何があったんだと勘繰られてしまいそうです。そんなことになってしまえば、恥ずかし過ぎて暫く講義に出席出来なくなってしまうので。


「それじゃあ、帰る前に一度、赤月さんを抱きしめても良いですかっ! 熱を覚えて帰りたいので! 眠る前に熱を思い出して眠りたいので!」


「何だか不穏なことに使われそうな気がしますが、良いでしょう……」


 大上君と触れ合うことに慣れなければいけないので、これは練習です。練習なのですと自分に言い聞かせます。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか大上君の両腕の中に私は収まっていました。


「っ……」


 ぎゅっと腕に力を込められたため、私の顔は大上君の胸へと密着してしまいます。


「はっふ……。この温度が尊すぎる……! 夏場最高! 薄着最高! ありがとう、夏!」


「……」


 私を抱きしめる腕は優しいのに、頭上から聞こえる声は欲望丸出しでした。ある程度は満足したのか、大上君はぱっと私から両手を離していきます。


「ありがとう、赤月さん。おかげで十分に充電出来たよ」


「うん? 何を充電したのかは分かりませんが、満足したならば良かったです」


 私の方はというと、まだ少しだけ胸の奥がどきどきしていました。どうか、この高鳴りが大上君に知られないことを願うばかりです。


「本当に惜しいけれど、俺はそろそろ帰るね。レポートは全部終わったし、赤月さんを味わえたし、カレーも頂いちゃったし、今日は本当にありがとう」


 途中、何か気になる言葉を発した気がしましたが、気にしないことにしました。


「家までの距離が近くても、気を付けて帰って下さいね」


「うん。赤月さんも戸締りをしっかりね」


 大上君はノートやパソコンなどが入っている鞄を肩にかけてから、玄関で靴を履き始めます。


 すると、大上君はくるりと後ろを振り返り、私の額に向けて軽く口付けてきたではありませんか。


「っ!?」


「ふふっ。おやすみなさいの挨拶だよ?」


 くすっと楽しげに笑ってから、大上君は離れていきます。大上君が口付けを落とした額には熱が残っているようでした。


「……もう、急にするから驚きましたっ」


「驚く表情が見たくって。……おやすみ、赤月さん。また、明日」


「……おやすみなさいです、大上君」


 大上君は私に軽く手を振ってから、部屋の外へと出て行きます。その後ろ姿を眺めていると、少しだけ寂しさのようなものが込み上げてきました。

 大上君が出て行った後、扉の鍵をかけてから、私は自分の額に手を添えます。


「……慣れませんね、これは」


 正直に言えば、大上君におやすみの挨拶をされたことは嬉しかったのですが、素直に嬉しいと言えませんでした。もう少し慣れてからでないと、私もお返しの挨拶を出来ないと思います。


「……早く、明日にならないかなぁ」


 今、別れたばかりだというのに、そんな呟きが出てしまい、私ははっと口元を抑えます。


 どうやら大上君の寂しがり屋な部分が私に移ってしまったようですね。

 小さく笑いつつ、私は明日が来ることを楽しみに待つのでした。

 

 

いつも「大上君は赤月さんをたべたい。」を読んで下さり、ありがとうございます。

年末で忙しいので、次の更新は12月31日を予定しております。

ご了承のほどお願いいたします。

 

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