赤月さん、大上君に押し倒される。
「大上君……」
大上君の腕の中にいた私はゆっくりと動きます。
「あ、ごめん。つい長い時間、抱きしめ続けちゃったね」
そう言って、大上君は私を離そうとしました。
「離さなくても、いいんです」
「え?」
私はもがくようにしながら、体勢を変えていきます。足はすでに痺れが治っているのですぐに動いても平気でした。
「えっ、あの、赤月さん……?」
大上君からはすぐに慌てたような声色が零れました。背中を向けていた私が体勢を変えて、大上君の真正面を向いたからです。
視線を上へと向ければ、そこには驚いた表情をしている大上君が私を見つめていました。
「大上君は……嫌われないように、色々と我慢しているんですよね?」
「それは……」
言い淀んだ表情は肯定を表していました。
「……嫌われる心配、しなくてもいいんですよ」
「……え?」
今までの私だったならば、きっとこんなことをしようなどと思わなかったでしょう。ですが、目の前で大上君の告白を聞いて、黙ったままではいられませんでした。
私は真正面を向き合った大上君へと両腕を伸ばして、彼の身体を包み込むように抱きしめます。
「っ……」
頭上からは、どこかはっとするような声が漏れ聞こえました。
私はそのまま大上君をぎゅっと更に抱きしめます。見た目は細く見えるのに、大上君の身体は割と筋肉質でした。着痩せするタイプなのでしょう。
そして、胸元に耳を当てると、大上君の心臓が通常のものよりも早く脈打っているのが聞こえました。
ああ、私でドキドキしてくれているんだな、なんてことを考えてはつい嬉しく思ってしまいました。
「もう、嫌いになんか、なりませんよ。……嫌いな人をこんな風に抱きしめたり、しませんから」
「……!」
一瞬だけ、大上君の身体が震えたように感じたのですが気のせいでしょうか。
ですが、私は気にすることなく、大上君に抱き着いたまま、言葉を続けます。
「大上君」
私は抱きしめていた腕を少しだけ解いて、そして顔を見上げます。そこには動揺したまま、何を言葉にすればいいのか分からないと言った様子の大上君がいました。
「私は、本当の大上君が見てみたいです」
怖がらなくてもいいと伝えられるように。にこりと笑みを浮かべます。
「だから、本当の大上君になってくれませんか。私はどんな大上君でも……好きです、から」
私が最後の一言を口に出した、次の瞬間。視界がぐるりと一転し、私の背中はいつの間にか床と密着していました。
痛みを感じなかったのは大上君が両手で私の頭と背中を抱きしめながら押し倒したからです。
「っ、大上君……?」
驚いた私はいつの間にか閉じていた瞳をゆっくりと開けていきます。
目の前にはまだ、何かに迷っているような、けれど全てを吐き出してしまいたいと訴えているような表情がありました。
辛そうにも見える大上君の瞳には私だけが真っ直ぐと映し出されています。
私の身体に覆いかぶさるように大上君が床へと押し倒していたのです。
「──そうやって、君はいつも俺を試そうとする」
吐き出されたのは、堪えている何かでした。
「傷つけないように、怖がらせないように。大事に、大事にしたいのに。それでも我慢が出来なくなりそうになっているところを君はいつもこじ開けようとしてくる」
意地悪だね、と呟かれた言葉には私を害そうする感情は込められてはいませんでした。
ただ一つ、言えるならば。それまで沸き立ちそうになっていたものを抑えていた蓋が容易く開かれた状態だと言えるのかもしれません。
「……手は、出さないよ。君の初めてを貰うのはお互いが成人してからだって、心に決めているからね。でも……。でも、少しだけ、味見をしてもいいかな」
「味、見……」
「君を食べたいよ、赤月さん」
妖艶に。そして獲物を捕らえた獣のように。大上君は荒々しい感情を押し込めた表情を保ちながら、静かに呟きました。