赤月さん、大上君に嗅がれる。
私の身体を包み込むように抱きしめていた大上君ですが中々、腕を離す気配がありません。
まるで寝る前の子どもがお気に入りのぬいぐるみを抱きしめたまま、離すのを拒んでいるような状態です。
「あの、大上君? そろそろ、手を……」
「待って。今、栄養補給中だから」
そう言って、私の左肩に顎を載せてから、鼻で思いっきりに呼吸をしています。これは匂いを確実に嗅いでいますね。
「赤月さんの匂いって、何だか懐かしくて優しい匂いがするんだよね。何度、匂いを嗅いでも嗅ぎ足りないって感じなんだ」
「は、はぁ……?」
「すー……はー……。すー……はー……。うん、この匂いを脳裏に閉じ込めて、夜に眠る前に思い出そう。今夜はいい夢が見られそうだ……」
大上君はこれ以上、肺に収めることが出来ないのではと思える程に何度も深呼吸をしては空気を──いえ、私の匂いを吸っています。
直接的に嗅がれるとくすぐったいのですが。
「何だか、いかがわしいことをしようとしていませんか」
「そんっ、な、こと、ないっ、よー?」
「声が裏返っていますよ」
絶対、やましいことを考えていましたね。まぁ、大上君も男の子なので──なんて、そんな納得はしませんけれど。
というよりも、私で変なことを想像する大上君の想像力が凄いと思います。
ほ、ほら、私は……身体全体が薄い人間なので。自分で言っていて、虚しくなるので何が、とは言いませんが。
これでも一応、大きくなるように努力はしているんですよ。何が、とは言いませんが!
「……ねえ、赤月さん」
「はい、何でしょうか」
「このまま……『練習』、する?」
「えっ」
大上君はそっと囁くように告げました。
「練習」、つまり私がトラウマを克服するための練習のことです。
この練習を数回程、今までやってきましたが、大上君の唇が首に触れてもトラウマを思い出した時のような恐怖を抱くことはありませんでした。
少しずつ回数を重ねて、抱いていた恐怖を塗り替えていく練習なのです。
「こ、この状況で、ですか? あの、もう足の痺れは……」
「うん、分かっている。……でも、最近は『練習』していなかったからね。慣れるためには頻度を増やした方がいいと思って」
「うっ。それは……そうかもしれませんが」
確かにここ最近はレポートに追われていたので、誰もいない場所で「練習」する暇はありませんでした。誰もいない場所なんて、お互いの部屋くらいしかないでしょう。
私が返事をどのように返そうかと悩んでいると、大上君は私の首元にふっと息を吹きかけてきます。
その吐息が艶めかしく感じてしまい、鏡で見なくても分かる程に顔が紅潮していくのを感じていました。
「っ!?」
思わず身体を震えさせてしまいましたが、大上君は私を両腕から離そうとはしませんでした。
「お、大上君っ……」
「……赤月さんが嫌なら、止めるけれど……どうする?」
何かを試すように、そして導くように。
彼の言葉はいつだって、私に問いかけて来るのです。
身体の奥から熱が込み上げてきているというのに、それでも返事は割と冷静に返していました。
「……します。『練習』を……お願いしても、いいですか」
「うん」
返事の後に、私の肩口に乗っていた大上君の頭はゆっくりと離れていきます。
そういえば、今まで真正面や隣に座って「練習」をしていましたが、今回は真後ろから抱きしめられた状態のままのようです。
それゆえに妙な緊張感が胸の奥にぽつりと浮かんできました。
一応、扇風機は回していますがこんなにも密着した状態のままで、大上君は暑くはないのでしょうか。私は自分自身が持っている熱で、何度か体温が上がったように感じていました。