赤月さん、大上君に抱擁される。
「えっと、それじゃあゆっくりと身体を起こすよ?」
「うぅ……。お手を煩わせてしまって、すみませ──痛っ……!」
大上君に支えられながら、少しだけ上体を起こしただけなのに、両足には電撃のような痺れが走っていきます。
あまりの痛みに短く叫んでしまいました。瞳からは涙が零れそうになっています。こんなことになるならば時々、足を崩しておけば良かったです。
「だ、大丈夫? 無理をしなくても……」
大上君は私の背中辺りを支えてくれていますが、無理に起こそうとせずに寝たままの状態の方がいいのではと様子を窺ってきます。
「い、今、手を離さないで下さいっ……。あ、うっ、駄目っ……んぁ……っ」
あまりの痛みに起き上がることが出来ずにいると、右手だけでなく、身体全体で私を支えようとしてくれているのか、いつの間にか密着してくる大上君がいました。
本当、いつの間にこんな体勢になっていたんですか。私が痛みに耐えている間に、大上君は私を後ろから包み込むような状態になっていました。
「えっと、右手だけで支えるよりも、身体を使った方が安定するし、あまり動かないかなと思って」
かなり必死に弁明していますが、確かに右手だけで支えるよりもこちらの方が固定されて動かなくなりますし、振動で両足まで響くことが少なくなった気がします。
「ありがとう、ございます……。もう、体育座りは諦めます。あまりにも痛くて、これ以上は動けないです……」
私は大上君の胸板に背中を押し付けるような状態のままで体勢を保ちました。
ですが、今の状態も中々、恥ずかしいような気がします。私の背中を支えるように大上君の胸板が真後ろにあるって、こんな状況、他にあるでしょうか。
「痛みに耐え抜く赤月さんも可愛い……。……じゃなかった、相当辛いようだけれど、大丈夫?」
大上君は微動する事無く、私の耳元に声をかけてきます。くすぐったさを感じて、つい動いてしまいそうになるので、間近で囁くのは止めて欲しいです。
「大変恥ずかしいのですが、しばらくこの体勢のままでお願いします」
「うん、喜んで!」
大上君からは笑顔いっぱいと言わんばかりの喜色が含まれた声が返ってきました。
現在、まるで後ろから大上君に抱きしめられているような状況となっているので、お互いに密着出来ることが嬉しいのでしょう。
恥ずかしさと痛み、どちらかを取れと言われるならば、今は恥ずかしさを取ります。そのくらいにこの足の痺れは痛いのです。
「赤月さん」
「何ですか。まだ、痺れは取れていないので、動かないで下さい」
「うん。……あのね、足の痺れが取れたら、このまま後ろからぎゅって抱きしめても良いかな?」
「……はい?」
今、大上君は何と言いましたか?
「いや、この体勢って後ろから抱きしめやすそうだなぁと思って。なので、抱きしめても良いですか」
「……」
この状況でおねだりをしてきたようです。
「……レポート、あと三つだけなんだよね」
「えっ? もう、そこまで終わったんですか? 凄く早いですね……?」
レポートは七つあると聞いていたんですが、いつの間に四つも終わらせていたのでしょうか。私はレポートがあと二つ残っているので、あっという間に大上君に追いつかれそうです。
「なので、残り三つをやり遂げるための活力が欲しいんです」
「つまり、簡潔に言うと?」
「赤月さんを抱きしめて、匂いを嗅いだり、あんなことやこんなことをしたいです」
「不純!」
何かしようとしてくる大上君の諦めない心、逆に尊敬します。
「……せっかく恋人になったのに、手を繋ぐことはあっても、抱きしめたことはないんだもん」
「密着することはよくあるじゃないですか」
「密着と抱擁は別物だよ! 密着は身体のどの部分であれ、接していれば密着になるけれど、抱擁は違うんだよ! 抱擁はね、両手でこうやって包み込むことでしか成り立たないの!」
「あ、そろそろ足の痺れが取れてきました」
「俺の話を聞いてよぉ、赤月さんっ」
大上君とお喋りしていたら、足の痺れも次第に取れてきました。やはり無理に動かずに時間が経つのをゆっくりと待つ方が穏やかで良いですね。
足の痺れが鈍くなってきたので、私が身体を試しに動かそうとするとお腹辺りに両腕を回され、再び動けない状態になりました。
「……大上君?」
「俺に触れられるの、嫌い?」
どこか縋るような声色が耳元で囁かれます。
「そ、そういうわけではありませんが……。でも、昼間からこんなに密着すると、何だか恥ずかしくって」
「それじゃあ、夜の時間ならいいの? ……夜の方が、抑えが利かなくなっちゃうかもしれないけれど」
「何の話をしているんですか、全く……」
私が呆れたような溜息を吐くと、さらにぎゅっと抱きしめる腕に力が入りました。
「赤月さん、柔らかくて温かい……。女の子って、凄く柔らかいんだね。知らなかったよ」
「……最初に大上君に会った時、女遊びが激しそうだなと思っていた言葉を撤回しますね」
「言い方が酷いよ! 俺は純情純潔まっさらだよ!」
泣きそうな声で大上君がそう訴えてきたので、私はくすくすと笑ってから言葉を続けました。
「失礼なことを言ってしまいましたね、すみません」
「本当だよ、もう……。大体、俺の初めては赤月さんが全部持って行っているというのにさぁ……。あ、もちろん、色んな意味で!」
「言い方を変えて下さい、危ういです」
大上君、たまにぎりぎりな言葉遣いをするので注意して欲しいです。