赤月さん、大上君にプレゼントを渡す。
遠くからは誰かの楽しそうな声が響いてくるのに、その場には二人だけしかいないのではと思える程に静寂が満ちていきます。
「っ……。赤月さん、が……」
大上君がくしゃりと表情を崩しました。泣いてはいませんが、その表情はどこか苦しげにも見えて、呼吸を整えるように息を深く吐きます。
「赤月さんが俺を喜ばせたいって、思ってくれたことが一番嬉しいよ」
紡がれる言葉は少しだけ震えていました。それでも、大上君は愛おしむように目を細めていきます。
「私も大上君が喜んでくれて嬉しいです」
すると大上君は一つ咳払いをしてから、私が渡したプレゼントに視線を落としました。
「……あの、ここでリボンを解いてもいいかな?」
「えっ。あ、うっ……」
「駄目?」
「駄目では……ありませんが、目の前で開けられると少しだけ緊張しますね」
私は苦笑しながら、どうぞと促します。大上君は藍色のリボンをゆっくり、ゆっくりと音を立てることなく解きました。
大上君は袋の中へと右手を入れて、そして──プレゼントを取り出します。
「……これ、は」
彼からは、はっと息を飲むような音が漏れ聞こえました。
大上君の右手にあるのは薄縹色のハンカチです。そのハンカチのある一点を見つめたまま、大上君は目を大きく見開いていました。
「……ハンカチは買ったものですが、刺繍はお手製です。こう見えて、刺繍が出来るんですよ。上手いかどうかは別として」
大上君が見つめるその先には私が刺繍したものが描かれていました。
「狼だ……」
ぼそりと大上君が驚いたような呟きを零したので、私は頷き返しました。
「白と灰色の糸を上手く使い合わせて、銀色に見えるように工夫してみたのです。……大上君が以前、『狼信仰』に興味があると仰っていたので、狼がお好きなのかなぁと思いまして」
「覚えていたんだ、狼信仰について話したこと……」
「私にとっては興味深いお話だったので」
大上君は恐る恐ると言った様子で、私が施した狼の刺繍を指先でそっと触れます。
「……凄く格好良くて、綺麗で、優しそうな狼だね」
そう言って、大上君は嬉しそうに笑ってくれました。
「……気に入って頂けましたか?」
「もちろんだよ。……たった今、俺にとっての宝物になったよ」
大事なものを抱きしめるように、大上君はハンカチを胸元へと寄せました。決して、しわがつかないようにと細心の注意を払っているようにも見えて、私は小さく苦笑してしまいます。
「ありがとう、赤月さん。……俺のことを想ってくれて、ありがとう」
「っ……。はっきりと言わないで下さい……。でも、喜んでもらえて、良かったです」
「このハンカチは額縁に入れて、部屋に飾るね!」
「ちゃんとハンカチとして使って下さいっ!」
大上君ならば、本気でハンカチを額縁に入れて飾りそうです。ですが、せっかく実用的なハンカチをプレゼントしたので使って欲しいですね。
「実はもう一つ、大上君にプレゼントがあるんです」
「えっ?」
大上君は再び、目を丸くします。今日は彼を驚かせている回数が多い気がしますが、いつも大上君には驚かされてばかりなので、たまにはいいでしょう。
私は鞄の中に入れていた、とある物を取り出しました。
「……宜しかったら、どうぞ」
小さな紙袋に入れられたものを私は大上君へと渡しました。
「これって……。水族館の……? いつの間に買っていたの?」
「……大上君に知られないように、こっそりと買っていました」
大上君は小さな紙袋の絵柄が、昼間に観に行った水族館限定のものだと気付いたようです。あの時、他のお土産と一緒にこっそりと買っておいて正解でした。
でなければ、大上君の目の前で、大上君へのお土産を買うようなこと、今の私には難関過ぎるので。
それにこういうことは、相手を驚かせるために直前まで秘密にしておいた方が良いでしょう。