赤月さん、大上君を喜ばせたい。
大上君の言う通り、展望台から夕暮れの町並みの景色を写真に収めると、満足したのか立ち去っていく人がほとんどでした。
この展望台の他に、同じ展望台があと二つあるので、そちらにも人が散らばっているのかもしれません。
静寂な空気が戻ってきたと思えば、いつのまにかその場には大上君と私の二人だけの状態になっていたのです。
太陽はすっかり沈み、空はすっかり夜の色へと染まっていました。
「……帰りたくないなぁ」
子どもが駄々をこねるように大上君はぼそりと呟きます。
「いや、どちらかと言えば、帰したくはない、かも」
「もう、大上君ってば……」
いつもの調子で喋り始める大上君に、私は小さく窘めます。
「本当のことだよ。……仕方ないけれど! 時間は進むものだから、本っ当に仕方ないけれど!」
相当、帰りたくはないようで、大上君は力説するように言い切りました。その様子が何だかおかしく思えて、私はくすくすと笑ってしまいます。
そして、ゆっくりと笑いを収めて、私は鞄へと手を伸ばしました。
「……でも、帰る前にもう一つだけ、大切な用事があるんです」
「え? 大切な用事?」
何か他にもあっただろうかと言わんばかりの表情で大上君は首を傾げます。
「ええ、とても大事な用事です」
私は鞄の中から水色の袋に、藍色のリボンをラッピングしたものを取り出しました。
「大上君。……遅くなってしまいましたが、誕生日おめでとうございます」
私からラッピングされたプレゼントを渡された大上君は、何が起きたのか分からないと言った様子で瞳をぱちくりと瞬きさせていました。
「……ふぁ、えっ……? ……えっっ?」
やっと思考が現実へと戻ってきたようで、彼にしては珍しい間抜けな声を上げてから、渡されたプレゼントの袋と私の顔を交互に見ていました。
「えっ、ちょ……。え、待って? 待って、えっ……? んんっ? 夢?」
「……夢ではありませんよ」
「だって、そんな……。え、これ、プレゼントって……。お、俺の誕生日の? えっ?」
まだ、現実だと受け入れていないようで、大上君の慌てっぷりは治まりません。
「そうですよ。すっかり遅くなってしまいましたが、大上君への誕生日プレゼントです。……受け取ってくれますか?」
「も、も、も、もちろん、ですっ……! あわわっ……ぷ、プレゼント……! あ、赤月さんからの、プレゼントっ……!」
大上君はがちがちに震えながらも、腫れ物に触るように水色の袋を両手で抱え持っていました。
「どうしよう……凄く嬉し過ぎて、今すぐ赤月さんを抱きしめたい……」
「一応、人が通る場所なので遠慮して下さいね」
「うん……。今は我慢する……。あのっ、赤月さんっ! えっと、その……プレゼント、ありがとう! 凄く嬉しくて、上手く言葉に出来ないんだ。でも、本当に嬉しいんだよ!」
一生懸命、自分がいかに嬉しかったのかを力説しようとしていますが、言葉が上手く出て来ないようで、口を開いては閉じたりしていました。
「……大丈夫ですよ。大上君が嬉しく思っている時の表情くらいは分かりますから」
私がそう告げると大上君は、激しく慌てたような素振りを見せてから、視線を逸らしました。
「……俺、そんなに分かりやすいかな?」
「うーん……。大上君が他の人と接している姿を見ていなければ、分からなかったかもしれません。大上君、八方美人なところがありますから」
「うっ、それは否定出来ない……。赤月さん以外の人間相手だと、わりと営業用の顔になっちゃうからね……」
「他の人に対しては冷静に対処しつつも、いつも爽やかに笑っていますからね。……でも、今の大上君は表情が緩みきっていますから、外面じゃないんだなって分かります」
「だって、凄く嬉しいんだもん……」
どうやら照れているようで、大上君は視線を逸らしつつも、左手で口元を隠し始めました。
「ふふっ。照れているの、可愛らしいです」
「……見ないで」
「大上君には、いつも私の恥ずかしがっている顔を見られてばかりなので、仕返しです。……それにそんな表情をする大上君を見ることが出来て嬉しく思います」
「そうなの?」
大上君は視線を少しだけ戻してきました。
「ええ。……だって、大上君は私と接する際には、いつも自分で好きな時に好きなように喜んでいるでしょう? それは確かに私と接したことで大上君は喜んでいるのでしょうけれど、私は……私自身は、何もしていませんからね」
「そんなことは……」
「いいえ。……私は、私の意思で大上君を笑顔にしてあげられるようなことをしていなかったのです。だから……」
私は大上君を見上げながら、にこりと笑いました。
「だから、私が大上君を喜ばせたかったのです」