赤月さん、大上君と密着する。
大上君に連れて行ってもらった場所はガラス張りの展望台でした。
通路となっている場所から外に突き出しているように展望台が造られているので、高所恐怖症の人にとっては少し怖い場所かもしれません。何せ、ビル十数階分の高さに居るので。
まだ初夏ですが、それでも時間は七時を過ぎた頃なので、日は落ち始めていました。
空は夕暮れに染まり、展望台から見える町並みはビルや家々の灯りによって眩しいくらいに輝いて見えます。
「こんなに高い場所に上ったのは初めてでしたが、夕暮れ時の景色って空も地上も絵画のように綺麗ですね」
私は思わず、スマートフォンで鮮やかな町並みの写真を一枚、撮りました。待ち受けにしてもいいかもしれませんね。
「そうだね。俺も夜よりも今くらいの時間帯の景色の方が好きかも。何だか、夕暮れ時って切ない感じがするからね」
「あー……。その気持ち、分かる気がします。私も夕暮れ時は好きです」
展望台には私達の他にも家族連れや数組の恋人達が入れ替わるようにやって来ていました。皆さん、景色を眺めながら写真を撮ったり、お喋りに興じているようです。
夕暮れという短い時間の中で彩りを見せてくれる光景を眺めつつ、私は脳内ではとあることを考えていました。……大上君への誕生日プレゼント、いつ渡しましょうか。
それだけではなく、先程、水族館で買ったキーホルダーもどのようなタイミングで渡せばいいのか、ずっと悩んでいます。
相手が白ちゃんやことちゃんだったならば、気楽に渡すことが出来ますが、大上君の場合だとそうはいきません。
色んな感情がぐるぐると巡ってしまい、何という言葉をかけて渡せばいいのか悩んでしまうのです。
すると、手摺りの前に並ぶように立っていた大上君がふいに私へと近づいてきたではありませんか。
とんっと、軽くお互いの腕が当たったため、思わず小さな声が漏れ出てしまいます。
「……やっぱり、展望台は人気だな」
恐らく、独り言だったのでしょう。大上君が周囲を見渡しつつ、そう呟きました。
どうやら、展望台からの町並みの景色を見るために、多くの人達がこの場へとやってきたため、立っている場所を詰めてきたのでしょう。
密着とも呼べる状態になり、私の心臓はどくんっと大きく跳ね上がります。手を繋ぐことも密着のうちに入るのでしょうが、お互いの身体が密着する方がよほど緊張します。
心臓がいつも以上に速く脈打っていることを大上君にどうか知られませんようにと願うばかりです。
「お、大上君、あの……」
手を繋ぐことは出来ても、お互いの身体を密着させることには慣れていないため、私は思わず大上君の名前を呼んでしまいます。
「ん? ああ、ごめんね」
何を勘違いしたのでしょう。大上君は左腕で私の腰に手を回して、更に身体を密着させてきたではありませんか。
別に変なところを触られているわけではありませんが、大上君の左手が私の腰に添えられているという状況です。
その手が少し上へと沿っていけば、胸にも触れてしまいそうな微妙な位置です。そんなぎりぎりの位置で、大上君は左手を私の腰に添えているのです。
驚きで声も出ません。あまりにも自然な動きだったので、言葉を発することを忘れていました。
「人が多いから、暫くはこの状態で。……皆、景色を写真に収めたら立ち去ると思うし」
「は、はぁ……」
むしろ、私達がこの場から立ち去ればいいのではないでしょうかと言おうとしたのですが、言えませんでした。
大上君の横顔が見えた時、まだここから動きたくないと言うように、景色に魅入っている彼がいたからです。
デートの終わりを告げる時間が近づいて来ているからこそ、一秒でもこの場に留まりたいと思っているのかもしれません。
また、明後日には大学で同じ講義を受講しているから、すぐに会えるのに──と、思いますが、一緒に居たいと望んでくれることの心地よさに私の頬は熱くなっていく気がしました。
身体が熱くなっているように感じたのは、大上君が密着しているからです。
きっと、そうに違いありません。