赤月さん、少しだけ成長する。
「私は……」
真剣な表情を向けられた瞬間、まるで心臓を射抜かれたような感覚に陥りました。
熱を含んだ瞳に映っているのは私の姿だけです。まるで、私だけが特別だと、そう告げられているようにも感じました。
「私が、大上君に抱いているものはまだ、きっと淡いものです」
「……」
「まだ淡くて、私自身がどう扱えばいいのか迷っているんです。だって……初めてですからね」
きっと、大上君に少しずつ向けている感情は友達に対するものではなく、たった一人の人としての感情に変わっていっているのでしょう。
「だから、少しずつ、少しずつ育てていきたいんです。大上君のことをもっとちゃんと知って、好きなものや嫌いなものを見つけて、他愛無いことを話して──。そうやって、お互いに持っている感情を深められたらいいなと思っています」
私がそう言い切ると大上君は嬉しそうに、くしゃりと表情を崩していました。
彼がこのように笑う時、それは表情も感情も飾っていない時だと分かるようになりました。
「……うん。そうだね。俺も一歩ずつ、赤月さんと心を寄せ合うことが出来ればいいなと思うよ。……まぁ、性急過ぎないように所々は我慢するけれど」
どこかお道化るように大上君はそう言ったので、私は小さく噴き出しつつ笑い返します。
「確かに以前と比べたら、直接、手を出さなくはなりましたよね。……まさか、初めて会話らしい会話をした日に迫られて、口説かれて、涙を舐め取られるなんて、思ってもいませんでしたから」
「うっ……。あの時は欲望に忠実に動き過ぎたことをお詫び申し上げます……」
気まずそうに大上君は視線を逸らしつつ、空いている手で頬を掻きます。どうやら、少しだけ反省しているようですね。
「ふふっ……。まぁ、確かにあの時は怖かったですけれど、今、同じことをされてもそれ程、怖くはなくなっていると思いますよ」
「本当?」
「ええ。……あ、だからと言って、実際にやっていいというわけではありませんよ? 実際にやられたら、恥ずかしくて動けなくなりそうですから」
「わ、分かっているよ……」
大上君は盛大に目を逸らしていきます。大方、許可が出たと思って期待していたのでしょうが、そうはさせませんよ。
「……でも、これだけは覚えておいて下さい」
「何かな?」
前へと歩きつつ、私は大上君へと視線を向けました。お互いの視線が重なった時、交差した場所で新しい熱が生まれていきます。
「私の心だって、少しずつですが、成長するんですよ?」
「……」
一瞬だけ、大上君の息が止まったような音がしました。何か言いたげなのに、それでも告げることを忘れているような表情にも見えます。
「最初は大上君と接することさえも怖がる程に憶病だったのに、今では──ほら」
私はお互いに繋いでいる手に視線を一度、向けてから、大上君へと笑いかけます。
「こうやって、触れることも出来るようになりました」
「赤月さん……」
「今はまだ、大上君の想いの大きさには敵いませんが、それでも育んでいる途中なんです。……待っていてくれますか?」
小さく、囁くように。
それでも、確かに伝わるように。
私は大上君へと微笑みました。大上君は一度、目を大きく開き、それから泣きそうな顔で笑ったのです。
「──待つよ。いつまでだって、待ってみせる」
そこにあるのは、大上君の素とも呼べる笑顔でした。誰かに向けるようなものではなく、大上君が本来持っている表情と言うべきものかもしれません。
それは私にとっては眩しくて、温かくて、そして──一度、見てしまえば忘れられない程に、胸が苦しくなってしまう笑顔でした。
ああ、熱に浮かされてしまいそうです。いつの間に、私は大上君に捕らわれてしまっていたのでしょうか。
表情、言葉、仕草に反応してしまうのは何故でしょうか。
分かっているのに、きちんと自覚してしまえば後戻りは出来ないのでしょう。
それでも、お互いに繋いだ手の温度だけは失いたくはないと、強く思ってしまいました。