赤月さん、大上君に拭われる。
注文した包み焼きハンバーグのセットは想像以上にボリューミーでした。
食べきれるのかと思ったのですが、手が止まらない程に美味しくて、私はぱくぱくと食べてしまいます。
「こんなにも身が溶ける程に柔らかいハンバーグを食べたのは初めてです……」
ご飯が進むとはまさにこのことでしょう。ハンバーグは口に含んだ瞬間に溶けるほどに柔らかいですし、トマトのサラダは瑞々しくて、まるでもぎたてを食べているようです。
「美味しいです……。美味しさがぎゅっと詰まっているのです……」
こんなにも美味しいハンバーグを自分で作ることが出来ればいいのですが、やはり限界というものがあるでしょう。せめて、味だけはしっかりと覚えて、似た味のハンバーグを作ってみたいものです。
「ふふっ、赤月さん」
「はい……?」
目の前で同じようにハンバーグを食べていた大上君の手がぴたりと止まりました。そして、何かを見つけたのか、大上君は自分の口元を指先で指差し始めます。
「ここにハンバーグのソースが付いているよ」
「えっ、嘘……」
「夢中になるほど、気に入ったんだね」
「うっ……。み、見ないで下さい……」
大上君がにこにこと楽しそうに笑っているのが、逆に恥ずかしく思えて、私はテーブルの上に置いてあったペーパーナプキンに手を伸ばします。
ですが、それよりも早かったのは大上君の右手でした。
彼の右手が私の方へと伸びてきて、何と指先で私の口元を軽く拭ったではありませんか。
「っ!?」
大上君の突然の行動に驚いた私は、思わず身体を反らしてしまいます。
目の前の大上君は苦笑しながら、私の口元を拭った指先をペーパーナプキンで軽く拭き取っていました。
「俺達以外に誰もこの場にいないなら、直接舐め取っても良かったんだけれどね。さすがにそれをやると君に迷惑をかけるだろうし、今は我慢することにするよ。そういうことは、やっぱり二人きりの時じゃないとね」
「っ……」
確かにその様な行為をすれば、私は恥ずかしさで気絶してしまうかもしれません。ですが、その気遣いはもっと別方向で使って欲しかったです。
私が訴えるように小さく睨むと、大上君は苦笑しながら肩を竦めました。
「ソースが付いたままの赤月さんも可愛かったよ? そのまま食べてしまいたいくらいに」
「そういうことは他の人がいる場所で言わないで下さいっ……」
例え、小声だとしても誰かの耳に入ってしまったら、穴に入りたいくらいに恥ずかしいです。ですが、大上君はにこりと笑ってから言葉を返してきました。
「それなら、誰もいない二人きりの場所でならば、君を食べてもいいのかな?」
「なっ!?」
大上君の唐突な言葉に私は身体が固まってしまいます。表情はにこやかですが、それでも瞳の奥からは真剣さが見え隠れしていて、冗談ではないとすぐに分かりました。
「うぅ……」
私は小さく呻いてから、視線を逸らします。
「たっ、確かに……こ、恋人同士、という関係には……なりましたが……。そっ、そういうことをするのは、まだ早いのではないかと思います……っ。こ、心の準備も必要ですしっ……。な、なので、もう少し待って頂きたいです……」
「……」
自分の顔が赤くなってしまっていることは自覚しているので、出来るだけ大上君と目を合わせないように逸らしつつ、しどろもどろになりながら答えるしかありませんでした。
しかし、大上君から反応が返って来なかったので、どうしたのかと思って視線を向けると、そこには両手で顔を覆っている大上君が居ました。
「お、大上君……?」
「ううん。ごめんね。俺の方こそ、本当にごめんね。萌え過ぎて爆発しそう。いや、まさか、倍返しで衝撃が来るとは思っていなかったから。あまりの可愛さに全細胞が活性化されて、大変だから。ちょっとまって、今、顔面が崩壊しているから、落ち着くまで待って」
「は、はぁ……? 分かりました……?」
早口で大上君はそう言っていますが、一体、どうしたのでしょうか。
その後、店員さんがデザートのケーキを持って来るまで、大上君は暫くの間、顔を両手で隠し続けていました。