赤月さん、大上君と洋食屋に入る。
水族館から出た後、私達は近隣の公園のベンチに座って暫くおしゃべりをしたり、最寄り駅の地下へと立ち寄ったりしました。
いわゆるデパ地下と呼ばれる空間を歩くのは初めてでしたが、思っていたよりも広くて驚きました。
大上君曰く、この地下に広がっている店舗だけでなく、たくさんの店舗が駅と連なっている建物の中には入っているそうです。
そこには商業施設やホテルだけでなく、美術館や百貨店も入っていて、一日で全てを見回るのは難しいでしょう。
何せ、建物は広い上に階数も十数階と高いので、見て回るには時間が足りないと思います。
本当は色々と見て回りたいですが、それは次回に取っておいて、私達はデパ地下をゆっくりと見て回ることにしました。本当に地下だとは思えないくらいに広くて、明るい空間です。
アパレル関係のお店を見て回っていましたが、店に入るごとに大上君が「これが似合うと思う」と言って、私に服を買おうとしてくるので、全力で首を振りました。
中には一万円に近いものもあったので、そんな高級なものを私に着せようとしないで下さい。怖いです。
そもそも、どうして私の服のサイズを知っているんですかね、この人は。それを訊ねるのも怖い気がします。
暫く、歩き回ってお腹が空いた私達は洋食屋に入ることにしました。何でも、こちらのお店は創業してから百年以上の歴史を持っている洋食屋さんらしいです。
店員さんに案内された私達は端の方の席に座ることにしました。
料理を作っている厨房の方から、良い匂いがこちらまで漂ってきます。気を付けなければ、よだれが出てしまいそうな匂いです。
「もの凄く美味しそうな匂いが漂っていますね」
思わず、お腹が鳴ってしまいましたが、大上君には聞こえていないことを密かに祈ります。
「ここのね、包み焼きハンバーグが凄く美味しいんだよ。それとトマトが丸ごとで出てくるんだけれど、このトマトのサラダも美味しくって」
そう言って、大上君はメニューに載っている写真を見せてくれました。
「わぁ……。想像以上にインパクトがあるサラダですね……」
以前、このお店に入ったことがあるようで、大上君が私へとおすすめしてくれたのは包み焼きハンバーグのセットです。
ハンバーグとライスだけでなく、トマトのサラダとドリンク一杯、デザートまで付いてくるそうです。……この量、食べきれますかね。
胃はそれほど小さいわけではありませんが、お腹いっぱいになって動けなくなりそうなボリュームです。
すると、私の心情を察した大上君がにこりと笑いかけてきました。
「大丈夫だよ、赤月さんが食べきれなかった分は、俺が全部食べるからね」
「……」
大上君にとっては気遣いのつもりなのでしょうが、口元が盛大に緩んでいるので下心が丸見えです。
「……食べかけはあげませんよ。大方、私が口に付けたものを食べたいなんて思っているんでしょう、大上君」
頬が赤くなるのを抑えつつ、私が訊ねると大上君は盛大に目を逸らしました。かなりわざとらしいです。
「そ……そ、んな、ことは……思って、いない、よー?」
動揺した返事が返ってくるので、間違いないのでしょう。
「……赤月さんと、間接的に……したいなぁ、なんて、そんなことは、思っていない……。うん、多分」
「めちゃくちゃ思っているじゃないですかっ! ほら、早く注文するものを選んで下さい」
私は照れた表情を見られないようにと、お店のメニュー表で隠しつつ、注文するものを選ぶふりをしました。
大上君の悪いところは、意図せず私を照れさせてくるところだと思います。かなり不意打ちで来るので、私の心はもたなくなってしまいそうです。
「あっ、そうだ、赤月さん。デザートを『あーん』するのは、有り……」
「無しです! 人前ではやりません!」
大上君から新たな要望が来ましたが、私は周囲の人に聞こえないように声量を抑えつつ、ぴしゃりと断りました。
全く、本当に油断も隙もないですね!