赤月さん、水族館を楽しむ。
「──大上君、見て下さい! ほら、アザラシですよ、アザラシ! この筒状の水槽の構造って一体、どうなっているんですかねっ? わぁっ、目の前に……。凄いのです、アザラシと同じ目線になれるなんて……。あわわ、こっちを見ていますよ! 瞳がつぶらで可愛いです……!」
私は目の前の筒状の水槽にゆったりと現れたアザラシを指差しつつ、握っていた大上君の手を引きます。
「はわっ……。このオットセイの水槽も凄い工夫がされているのです……。水族館、凄い……。凄すぎて、凄い……」
「赤月さんは興奮し過ぎると、語彙力が失われちゃう人なんだね」
大上君はくすくすと楽しそうに笑いながらも、私が指差した方向へと視線を向けてくれます。
「う……。すみません、生き物を見たり、触れ合うのが好きなんです。それに、いつもならテレビの向こう側でしか見ることが出来なかった生き物もいるので、嬉しくってつい……」
十八歳にもなって、人前ではしゃいでしまうなんて恥ずかしいです。私が肩を竦めると、大上君は首を横に振りました。
「俺としては赤月さんに楽しんでもらえて嬉しいよ。……うーん、これから夏になるし、秋頃になったら動物園にも行こうか。確か、うさぎやモルモットと触れ合えるはずだから」
「本当ですかっ」
「うん。楽しみにしておいてね」
「はいっ!」
動物は大好きなので凄く嬉しいです。私はにこにこ顔のまま、オットセイとアザラシがいるゾーンを行ったり来たりしつつ、暫く楽しんでいました。
その際にも大上君はスマートフォンを使って、私と海の生き物の写真を撮ってくれます。あとで、データとして私のスマートフォンに送ってくれるそうです。
次に私達はこの水族館で最も広くて大きい水槽があるゾーンへと向かいました。
青々とした光景が視界を埋め尽くし、数えきれない程の魚や海の生き物達が自由に泳ぎ回っている姿を見て、私は口を開けたまま固まってしまっていました。
圧巻、その言葉しか出てきません。
海は凄く広いと聞きますが、私にとっては目の前に広がっている光景でさえ、とてつもなく広く感じていました。
「……凄い、ですね……」
隣に立っている大上君に向けて、私は一言しか呟くことが出来ません。
「うん」
大上君も私と同じように大きな水槽の中の世界に魅入られているのか、ただ一言だけを返してきました。
広くて、眩しくて、遠くて。
その光景を実感してしまえば、私は少しだけ震えてしまいました。
手を握っている大上君にも私の震えが伝わってしまったようで、少しだけ首をこちらへと傾けてきます。
「赤月さん?」
「……」
私はぎゅっと大上君の手を更に握りしめなおしました。目の前の光景に圧倒されているからこそ、何かに恐怖してしまったのかもしれません。
海という広い中に放り込まれ、そして自分の小ささを改めて実感したからでしょうか。
「……広すぎると、自分が独りぼっちみたいな気分になってしまいますね」
思わず、素直に感じたことを口にしてしまいましたが、大上君は気分を害すことはなかったようで、静かに言葉を返してきました。
「大丈夫だよ」
頭上から大上君の優しい声が降り注いできます。
「もし、海みたいな広い場所に放り出されても、俺は絶対に赤月さんを見つけ出す自信があるから」
どこから来るのか分からない自信に満ち溢れた表情を浮かべつつ、大上君は穏やかにそう告げます。
その言葉に何故か、深く安堵している自分がいました。
恐らく、大上君ならば、私が迷子になってもきっと見つけ出してくれると確信しているからでしょう。
「……大上君がそう言うと、本当に実現出来そうですよね」
でも、と私は言葉を続けました。
「迷子になった時は、大上君が私を見つけてくれるのを待っていますね」
そう言って言葉を返せば、大上君は目を細めてから優しげな表情を浮かべ、頷き返してくれました。
握り返される手の中には、新しい熱が生まれていきます。
さっきまで、何となく抱いてしまった不安は大上君の温かさによって、あっという間にどこかへと消えてしまったようです。