赤月さん、大上君と水族館へ行く。
大上君が連れて行ってくれた場所は何と「水族館」でした。
私の出身地にも水族館はあったのですが、海がない県だったので、その水族館で展示されている生き物はほとんどが淡水の中で生きているものばかりでした。
大きい湖があるので、その湖に棲んでいる生物を展示している場合が多かったですね。なので、海の生き物を直接的に見るのは初めてかもしれません。
「凄いですね……。海に隣接していない町中にこんなにも大きな水族館があるなんて……」
私はぽかりと口を開けつつ、目の前にどんっと建っている建物を凝視します。
そんな私の様子を見て、大上君はくすり、と笑いました。
「色んな生き物がいるみたいだよ。結構、間近で見ることも出来るらしいし、楽しみだね」
「はいっ、楽しみです!」
大上君の言葉に、私は心がわくわくしてきます。
どんな生き物がいるのか、今からとても楽しみです。
うきうきした気持ちを抱いたままさっそく、水族館の入り口から中へと入りましたがそこで一つ問題が起きました。
「──だから、今日は俺が赤月さんの分のチケットを買うからっ。お願いだから、財布を鞄へとしまって! 俺に任せて!」
「いいえ、駄目です! 自分の分は自分で購入します! なので、チケット売り場に行かせて下さいっ……!」
「俺が行くもん! 俺が買うもん! せめて、最初のデートくらいは俺に花を持たせてぇっ!」
水族館への入場チケットを購入するために、かれこれ、こんな攻防を五分ほど続けています。
もちろん、他のお客さんには邪魔にならない場所で、小声で言い合っていましたが、周囲からはどこか生温かいような視線が向けられている気がしました。痴話げんかではありませんよ、痴話げんかでは。
「くぅっ……。赤月さん、割と強情なところがあるよね……。普段は凄く押しに弱いのに……」
「さすがに譲れないので。……お互いに学生ですし、何でも男性が支払うのはどうかと思います」
「その金銭感覚は素晴らしいと思うけれど、俺としては赤月さんに包容力と甲斐性がある男だって認めてもらいたいの! 今日のために、バイトを頑張ってきたの! 頑張って、稼いできたの! お願いだから、複雑な男心を分かってぇっ!」
今にも泣き出しそうな程に大上君はふるふると震えています。
その潤んだ瞳を私に向けないで下さい。私は弱いのです、その瞳に。
「うっ、だって……」
「お願い、赤月さん!」
乞うように大上君は両手を合わせてきます。私も結構、強情な方ですが、大上君はそれ以上に強情だと思います。
恐らく、どちらかが譲らないとこの攻防は終わらないのでしょう。私は仕方ないと言わんばかりに深く息を吐いてから答えました。
「……では、昼食代と夕飯代は私に任せて下さい。これが絶対条件ですっ……!」
頬を膨らませながら答えると大上君は花が咲いたようにぱぁっと笑みを浮かべます。
「うんっ……! ありがとう、赤月さん! さっそく二人分のチケットを購入してくるよ!」
「館内を走らないで下さいね。ゆっくりでいいですから……」
私の言葉が聞こえているのかどうかは分かりませんが、大上君は通常よりも少しだけ速足でチケット売り場へと向かいます。
大上君を待っている間、私は周囲を何気なく見渡しました。今日は休日なので、親子連れや恋人、友人同士で水族館へと訪れている人が多いみたいですね。
その中の一人、いいえ、二人として私達も加わるわけですが、何だか嬉しいような気恥ずかしいようなそんな感情が入り混じっています。
「赤月さん、お待たせ」
チケットを購入しに行っていた大上君が戻ってきました。彼の右手には二枚分のチケットが握られています。
「チケットを買って頂き、ありがとうございます、大上君」
「ううん。……それじゃあ、行こうか」
「はい」
大上君から再び左手が差し出されます。はぐれないように、手を繋いでおこうという意味でしょうか。
私は先程よりも落ち着いた気持ちで、大上君の手に自分のものを重ねます。柔らかい温度を感じたまま、私達は他の人達に紛れるように歩き始めました。