赤月さん、大上君を誘う。
その日は図書館でのアルバイトの日だったので、私はいつものように本を配架したり、司書さんのお手伝いをしました。
アルバイトを終えてから、バス停に向かおうと思って歩いていると、どこかで待っていたのか大上君から声をかけられました。
まるで飼い主の帰りを待っていた飼い犬のような、輝かんばかりの瞳を私へと向けてきます。
「赤月さんっ」
「大上君……」
彼がどこで何をして待っていたのかはもう考えないことにします。一々、気にしていたら疲れてしまいそうなので。
それに私を待ってくれている大上君の気遣いにも申し訳ないですからね。
「一緒に帰ろう?」
「いいですよ」
私がそう答えると大上君はふにゃりと表情を緩ませました。今までは爽やかな表情だったのに、一瞬で気が抜けたような顔になったのはこの場に二人きりだからでしょう。
「えへへ……。嬉しいなぁ……」
「……大上君、昨日からずっとそればかりですね」
「だって、嬉しいに決まっているだろう? 大好きでたまらない人と恋人として一緒に居られるなんて、幸せ以上に何があるというんだ」
「……」
あまりにも真っすぐ過ぎる言葉に私はふいっと視線を逸らします。大上君が私へと向ける好意はいつだって直球です。
なので、人の恋慕に慣れていない私はつい照れてしまって、大上君の顔を見られなくなってしまうのです。
「ごほんっ……。えーっと……」
私は話をそらすためにわざと咳払いをしました。
「あっ、そうだ……! あの、大上君!」
「何かな、赤月さん」
満面の笑みで大上君は返事を返してくれますが、普通に会話をしているだけなので、最上の笑顔を浮かべないで下さい。目が潰れます。
「その、宜しければ……今度、一緒にお出掛けしませんか?」
「っ!」
私が言葉に出した途端に、大上君は目をかっと開きます。
「そ、そ、それは……! それは、つまり、あの……! ふ、二人でデートに行きたいというお誘いですかっ……!?」
大上君、かなり動揺した様子で訊ね返してきます。
「ふぇっ!? で、デート……。うっ、確かに言葉にすればそういうことになるかもしれませんが……」
「デートっ……」
大上君は両手で顔をばっと覆ってから、小さく呻きます。
「嬉しいけれど! 赤月さんとのデートは嬉しいけれど! でも、俺が最初に誘いたかったぁぁぁっ!」
両手の隙間から声が零れています。ですが、数秒後には何もなかったように普通の笑顔へと戻りました。
色々な感情を喉の奥に流し込んでいるようでしたが、あえて訊ねないことにします。
「どこに行きたいとか、希望はある?」
何事もなかったように大上君はさらっと訊ねてきます。
「えっと……」
そういえば、具体的にどこに出掛けたいのかは考えていませんでしたね。
そもそも、世の恋人達はどんな場所へと出かけているのでしょう。せめて、色々と調べてから大上君を誘えば良かったと後悔しました。
すると大上君は私が唐突にデートの誘いを申し込んできたことに気付いているようで、くすっと楽しそうに笑っていました。
「それじゃあ、どこに行くかは俺が考えておいてもいいかな?」
「えっ? ……いいんですか?」
特に当てがあるわけではなかったので、考えてもらえる方が私としては気楽です。
「うん。せめて、そのくらいは俺に考えさせて。……楽しみにしていてね。一生の思い出になるような最高のデートにするから!」
「……気合を入れ過ぎて、当日に熱とか出さないで下さいね」
「うっ、俺の体調の心配をしてくれている赤月さんが尊い……。これが恋人という関係性……」
大上君はまた一人で悶え始めます。まだまだ始まったばかりの恋人という関係にはお互い、慣れていないようですね。
今度のデートで少しだけでも慣れることが出来ればいいなと思います。あ、それと遅くなりましたが大上君の誕生日プレゼントも用意しないといけませんね。
色々と初めてですが、それでも大上君と二人だけで出掛けることが楽しみだなぁと思いつつ、いまだに悶え続ける大上君の隣を歩きました。