大上君、浮かれる。
私と大上君がお付き合いを始めたということをすでに昨日の時点で知っている幼馴染二人は、食堂で顔を合わせた途端、それぞれの表情を浮かべていました。
「やぁ、千穂。そして、伊織。おめでとうと言うべきかな?」
にこりと笑いながら、白ちゃんは遠慮することなく肉うどんを啜っています。怒ってはいないようですし、むしろ安心しているような笑顔を浮かべているので何だか拍子抜けしました。
ですが、そのように言ってもらえて何だか嬉しいですね。
「大上、ずずっー……。てめぇ、千穂を一度でも、ずずっ……。一度でも、泣かせたら、ずずっ……。お前の股間を蹴り上げるからな! ずずっー……」
ことちゃん、醤油ラーメンを食べながら、お喋りしてはいけませんよ。視線はしっかりと大上君を睨んでいるのに、あまりにも気が抜ける光景に見えてしまいます。
しかし、二人とも最初の頃に比べると明らかに変わりましたね。
もし、大上君と出会った当初に恋人として付き合うことになっていれば、大上君は速攻でことちゃんに股間を蹴り上げられていたかもしれません。
ことちゃん、「己に危険が迫っているならば躊躇うな! 急所は急所だ! 大事なのは自分の身!」がモットーなので。
「えへへ! えっへへっへ……! おかげさまで、赤月さんとお付き合いすることになりました! うへっへへっへ……」
大上君、かなり表情がでれでれしています。いつもの爽やか好青年の笑顔はどこかへ行っているようで、今は素の大上君のようです。というよりも、かなり有頂天のようですね。
講義の最中は「きりっ」とした表情で受講していますが、この場には気心が知れたメンバーしかいないので、表情が緩んでしまっているのかもしれません。
「お、大上君……。口元が緩み過ぎて、ケチャップが付いていますよ……」
大上君の今日のお昼ご飯は大盛りオムライスのサラダ付きです。ずっと、にやけたままなので、口元が汚れてしまっています。
私は鞄の中からポケットティッシュを一枚取り出して、大上君へと渡そうとしました。
「はい、どうぞ」
しかし、大上君はティッシュを受け取らずに真剣な表情をしたまま、こう言い放ちました。
「赤月さんの手でぜひ、俺の口元を拭って頂けませんかっ! こういうシチュエーション、ずっと憧れだったんです!」
大上君、たまによく分からない発想をぶつけて来る時がありますよね。やりませんけれど。
「……昼間から、甘ったるいものを見せるなよ……」
大上君の目の前の席に座っている奥村君がげっそりとした表情をしながら、焼き魚を突いています。
一方で彼の隣に座っている来栖さんは特に気にすることなく、もぐもぐと唐揚げ定食を食べていました。来栖さんは意外と、ことちゃんに匹敵する食い気優先の人間のようです。
「いや、あの、大上君……? ここは人の目もありますし……」
「それはつまり、人の目がなければ、色々とやってもいいということ……?」
出ました、大上君の幅広すぎる自己解釈。そして、自分で何かを妄想して身悶えるの、やめて下さい。今は昼間ですよ。何を考えているんですか。
「赤月。そこの浮かれた奴は放っておいて、早く昼食を食べると良い。せっかくの温かな昼食が冷めてしまうぞ」
それまで無言だった来栖さんは定食を食べる手を止めることなく、私へと促してきました。
「そ、そうですね……」
私は大上君の昼食が載っているプレートの端の方にティッシュを置いてから、お箸を握ります。
「えへへっへ……」
「……」
大上君はまだ、妄想に浸っているようですね。これ以上、構っているとお昼休みがあっという間に終わってしまいそうなので、私も昼食を食べることに集中しましょう。
「……この浮かれた様子はいつまで続くんだろうな」
奥村君がぼそりと気が遠くなるような声色で呟いていましたが、私は曖昧に笑い返すしかありませんでした。




