赤月さん、デートについて思案する。
大上君と恋人という関係になって、一日が過ぎました。状況は以前までと変わりはないのですが、「恋人」であることが大変むず痒く思えて、私は落ち着きなく過ごしていました。
「──なるほど。大上と赤月はついに付き合い始めたのだな」
「うっ……。言葉の通りなのですが、改めて言われると気恥ずかしいです……」
火曜日の一限目は学芸員課程の講義です。
実は私、将来の夢は図書館に勤める司書になりたいと思っているのですが、博物館などで働いている学芸員の資格も取りたいと思っていまして、司書課程と学芸員課程の二つを受講しています。
今は一限目が始まる前の時間で、同じ講義を取っている来栖さんと奥村君が座っている席の近くに私は座りました。
すると、誰から情報を得たのか、来栖さんは私の方に振り返るなり、一言告げてきたのです。
「おい、来栖。赤月が困っているぞ……」
奥村君は私の心情を察したようで、助け船を出して来てくれますが来栖さんは私の方に視線を向けたまま動こうとはしません。よほど、話の内容に興味があるようです。
「そもそも、昨日の今日なのにどうして知っているんですか……」
「昨日のうちに大上からメールを貰った。『赤月さんと付き合うことになったから、宜しくね』と書かれてあった」
「大上君……」
大上君、ちょっと後で話があります。
そういえば、昨日の時点で白ちゃんとことちゃんからもメールが着ていましたね。情報が回るのが早すぎると思っていたのですが、これは確実に大上君が二人にもメールを送っていたのでしょう。
二人とも、それほど驚いた様子はないようでしたが、最後の締めとなる文章には私が大上君に泣かされたらすぐに自分達に教えろ、と語気が強めに書かれていました。……な、泣かされないように頑張りますね。
「もしや、奥村君にも大上君からメールが……」
「ああ」
奥村君は肯定するように首を縦に振ります。
まさか大上君、共通の知人全てに同じようなメールを送ってはいないでしょうね。これはもう、後で本人に問い詰めるしかありませんね。
「まぁ、恥ずかしがることもないだろう。二人はお似合いだと思うぞ」
うんうんと首を何度か縦に振りながら来栖さんは私の肩にぽんっと手を置きました。来栖さんも奥村君も特に茶化すことなく、淡々と接してくれるので私としてはとても心が楽です。
私は来栖さんにぎこちない笑みを返しつつ、頷き返しました。
「ありがとうございます。……でも、まだお互いに知らないことが多いので、これから知っていけたらいいなと思います」
「ふむ……。それならば、二人でデートにでも行ってみてはどうだろうか。長い時間、一緒に過ごすことによって、相手の仕草や感情、性格が浮き彫りになるからおすすめだぞ」
「で……」
「デート……」
奥村君と声が被りました。お互いにその発想はなかったと思っているようですね。
「……来栖は誰かと付き合っているのか?」
恐る恐ると言った様子で奥村君は来栖さんに訊ねます。すると来栖さんは胸を張ってから、はっきりとした声で答えました。
「ない。ちなみに恋人がいない歴と年齢は同じだ」
「へぇ、意外だ。でも、やけにアドバイスが具体的だな」
「これでも愛の国と呼ばれているフランス人の血が四分の一は入っているからな。フランスの親族から恋人関連の話はよく聞いている」
「フランス語も喋れるんですね……」
私は英語もぎりぎりな感じなので、もっと勉強しないといけませんね。
ですが、来栖さんは普段から無表情なので、愛の言葉を囁くようなイメージが中々持てません。恐らく、彼女の場合は遠回しに伝えるよりも真っすぐに想いを伝えるような性格だと思えます。
「まぁ、結局、お互いを知るためには時間をかけて接するしかない。赤月もゆっくりと大上のことを知って、仲を深められるようになるといいな」
来栖さんが薄っすらと笑ったように見えて私はこくりと頷きます。
すると、講義を受け持っている教授が教室へと入ってきたので、私達は私語を止めてから黒板の方へと向き直ることにしました。
教授は白いチョークを手にすると、さっそく講義を始めました。
「──それじゃあ、今日は実際の博物館を参考にしながら、規定などについて説明していこうと思う。まず、博物館では絶対に火気厳禁とされている。理由としては……」
講義内容を頭に入れつつも、私は来栖さんが先程言っていた言葉を思い出します。
──『デート』。
思い出すと、再びむず痒さが蘇ってきますね。ですが、来栖さんの言う通り、長い時間をかけて、お互いのことを知っていく機会を作るのは大事だと思います。
……そういえば先日、大上君の誕生日に何も差し上げていないので、もしデートをするならば何かお贈りしたいですね。何がいいでしょうか。
私は「うーん……」と深く悩みつつ、思考を巡らせることにしました。