赤月さん、大上君のことを知りたい。
「お、大上君……?」
もしかして、私は大上君にとって気分を害することを言ってしまったでしょうか。
すぐに謝った方がいいかと、顔色を窺っていると大上君ははっとしたような表情を浮かべて、現実へと戻ってきました。
「い、ま……」
「え?」
「い、今……。赤月さんが……」
「わ、私が……?」
「俺のこと、好きだって……」
そう言って、大上君は両手で顔を覆い隠しました。隠れ切っていない両耳は真っ赤に染まっており、身体は小刻みに震えています。
「赤月さんがぁっ! 俺のことぉぉ! 好きだってぇぇっ!! ううぅっ……。嬉しくて、色々とまずい……どうしようっ……! 身体が爆発しそう……!」
どうやら大上君は私の言葉から一部だけを抜粋したようで、歓喜によって打ち震えていました。
「あわぁぁっ!? ち、違います……! いえ、違うわけではないんですけれど! でも、どうしてそこの部分だけ受け取るんですかぁっ」
私は自分の身体が一瞬で茹でられてしまったように熱くなっていくのを感じました。
まるで、私が大上君に「好意」を告白してしまったような状況になっているではありませんか。
「ついに両想いだなんて、嬉しいよっ! 俺も赤月さんのこと、大好きだよ! そして、答えはもちろん、『イエス』だよ!!」
「それは何に対する答えなんですかっ!?」
「よし、言質が取れた。もう、これで赤月さんは俺のもの!」
「だからっ、どうしてそういう解釈に……!?」
「だって、俺は赤月さんのことが大好きだし、赤月さんは俺のことが好き! ほら、何も問題ないし、幸せしかない!」
先程まで、自嘲的な笑みを浮かべていた彼はどこへ行ったのかと思える程に、大上君は爽やかではち切れんばかりの笑顔を浮かべていました。もう、見ていて輝かしいくらいです。
「あ、の……。えっと……」
私が顔を真っ赤にしながら首を横に振り続けると、大上君は途端に不安そうな表情を浮かべます。
「えっ? 赤月さん、俺のこと、嫌い? 彼氏としてまだ、未熟だと思う? やっぱり俺が赤月さんの隣に立つなんて、おこがましい……?」
水に濡れた子犬のように大上君は途端にしゅんっと項垂れていきます。その表情に弱いので止めて欲しいです。
「いえ、そんなっ……。むしろ、私の方が……」
「赤月さんは赤月さんだから、いいの! 俺はどんな赤月さんも最高に好きだから! 語彙力を失う程に最高に好きだから! なので! 俺と! 恋人として! 付き合って下さいぃぃっ!」
あまりにも必死な形相で大上君は私に右手を差し出しつつ、頭を深く下げてきます。
恋人として、付き合って欲しいという大上君の申し出に私は動けなくなりました。
「……でも、私が知っているのはまだ大上君の一部だけで……」
私はまだ、大上君の全てを知っているわけではありません。ただ、接しているうちに彼の一部分を少し知っただけです。
それなのに、本当にいいのでしょうか。
「そんなの、今から俺のことをたくさん知ってくれればいいんだよ。俺だって、赤月さんの知らないこと、たくさんあるんだから。それに赤月さんが俺のことを知りたいって思ってくれたことが、何よりも一番嬉しいよ。……だから、これから一緒にお互いのことを知っていこうよ。俺は……赤月さんと色んなことを共有したいし、感情を確かめ合っていきたいんだ」
「大上君……」
こちらへと差し出している大上君の右手は少しだけ震えていました。誰かに好意を告げることがどれ程、勇気がいることなのか、恋愛経験が少ない私でも分かります。
「……私、まだ恋愛というものがどういうものか、はっきりと理解出来ていないんです」
一歩、私は進みます。身体が熱いのは気のせいではありません。
これはきっと、大上君のせいです。彼が、この熱を私に与えたに違いありません。大上君はいつだって、私が持っていないものをたくさん与えてくれるのだから。
「でも……。これから、あなたのことをたくさん知りたいと思ってもいいですか。これから、大上君のことを好きになってもいいですか」
また、一歩進んでから、私は右手をゆっくりと上げます。気付けば、自分の右手も少しだけ震えていました。
私はまだ、臆病で弱虫な人間です。大上君に迷惑をかけてしまうかもしれません。それでも、知りたいと思ってしまったのです。
大上君を好きだと思う自分の感情を少しだけですが、認めてしまったからかもしれません。恋人として付き合って、どうしたいとか具体的な事なんて分かりません。
でも、大上君を知りたいのです。私は、大上君の一部だけでなく、色んな大上君をもっと知りたいのです。
婚約ものの短編を書いてみましたので、興味がある方がいれば、宜しければどうぞなのです。