赤月さん、耳を疑う。
「はぁ~……。結局、大上君には振られちゃうし、最近ツイて無さすぎ」
耳を澄ませば、米沢さんの盛大な溜息が聞こえてきました。
溜息を吐いた内容に、私は思わず肩を揺らしてしまいます。大上君に振られたと米沢さんは言っていますが、恐らく先週の金曜日の件でしょう。
「あ、舞も振られちゃったの? 私もなの~」
「あの人、見た目は遊んでいるように見えるのに、結構ガードが固いよね。胸を身体に寄せても自然と距離を取られちゃうから、色仕掛けなんて効かないし」
どうやら大上君が話の主題となっているようです。
意識を集中させて、更に耳を澄ましてみれば、米沢さんに返事を返した人達の声が、大上君に甘い表情を浮かべながらすり寄って来ていた人の声と同じだと気付きました。
ですが、そこで私の意識は停止してしまいそうになっていました。
え、色仕掛け? この人達、大上君に色仕掛けをしていたんですか。ちょっと、情報の大きさに許容量が追いつかないのですが。
胸を寄せる……。私は思わず自分の胸元に視線を向けてみますが、そこには緩やかな膨らみと言えるか分からないまな板が広がっているだけで、急に虚しくなってきたので見つめるのを止めました。
何となく、心にもやっとした感情を抱きつつ、私は話の続きに耳を傾けてみることにします。
「それじゃあ、今のところ一位は私かな」
「瑠花の彼氏が一番優良株よね。イケメンだし、高身長だし、ここらで一番偏差値が高い大学に通っているし」
すると、もう一人の女子学生が鼻で笑いました。
「ふふーん。それはどうかな? 私の彼氏なんて超有名な大企業に勤めているんだから」
「あっ、この前の合コンで捕まえた人? いいなぁ~。私も顔がイケメンな素敵な彼氏が欲しい~」
「あれ? でも、愛莉ってば、モデルやってる人と今度デートに行くって言っていなかった?」
「あんなの彼氏じゃないよ。ただのキープよ、キープ」
繰り出される言葉に私は開いた口が塞がりませんでした。いえ、他人が誰とお付き合いしようと私には関係ないですし、恋愛の価値観や恋愛の仕方は人それぞれだと思うので。
ですが、今まで大上君と接してきたので彼の一途がどれ程、真っすぐで誠実なものだったのか、身を以って知った気がします。
そもそも、お互いの彼氏を自慢するように話している彼女達は、お付き合いしている方がいるのに大上君に告白していた、ということでしょうか。
うーん、ちょっと私には理解が出来ない世界です。あまり誠実ではないことは好きではないので……。
「はぁ……。期限まであと少しの時間しかないし、今から新しい彼氏を作るのは難しいかも……」
大上君に振られたことで米沢さんは、今は誰とも付き合っていないのでしょう。どこか焦るような呟きにも聞こえました。
「それなら賭けは私の勝ちってことで」
「えー? 私の彼氏の方がかっこいいし、好条件だもん」
「ねぇ、最下位の人が一位に美味しいものを奢るんだっけ。それなら私、焼き肉がいい~」
「私はスイーツバイキングかな」
「あっ、まだ勝敗は決まっていないんだから、勝手に順位を付けないでよ!? まだ諦めていないし、今から素敵な彼氏を捕まえちゃうんだからっ」
女子学生達は楽しそうに話をしていますが、私はその話を耳にして、驚きを隠せませんでした。
付き合っている男性の「良さ」を競い合って、賭けをしていると言っていたからです。
私はきっと彼女達と共有出来る部分はないのでしょう。心にはただ一言、嫌だという感情だけが芽生えました。
そこへ追い討ちをかけるように米沢さんの言葉が響きます。
「身近で彼氏にするなら大上君が、一番顔が整っていて、好条件だったんだけれどなぁ。隣を歩くだけで、自慢にもなるし。……でも、何か思っていた感じと性格が全然違うし、逆に失望しちゃった」
米沢さんから零されたのは大上君を貶めるような発言でした。
まるで大上君を自分にとっての装飾品としか見ていないと言っているような言葉に、私の身体の内側からは熱のようなものが生まれたのです。
「結局、良いところは顔だけだったみたいだし」
米沢さんが嘲るような声色で告げた言葉は、私の中の何かを押し上げるのに十分な威力を持っていました。
……ああ、このような心無い言葉によって、大上君は傷付いているのでしょうか。
上辺だけしか見ず、好きだと甘く囁きながら、本当の大上君を知ろうとさえ思わない。更に、自分を装飾する飾りのような扱いを大上君に求めているなんて──。
何故か強く悔しく思えた私はいつの間にか、空いている手を握りしめてしまっていました。