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来栖さん、照れる。

 

「──全く、自分の宿題を親にやらせる子どものような奴だな、彼女は」


 盛大な溜息を吐きつつ、来栖さんは私へとレジュメを返してきました。まさか戻ってくるとは思っていなかったので、私は軽く頭を下げながらレジュメを受け取ります。


「……余計なことをしたと自覚はしている」


「え……」


 ぼそりと小さな声で来栖さんは呟き、私の方へと顔を向けてきました。


「だが、君が一生懸命に作り上げたものを易々と米沢へ渡すのが、どうしても受け入れられなかったんだ」


「来栖さん……」


「このレジュメは赤月の時間と労力が費やされたものだ。だからこそ、うま味だけを奪うように米沢が簡単に貰って良いものなんかじゃない。……君は自分がやらなければ米沢の成績に関わると思っていたのだろうが、そんなことは気にしなくていい。自分は自分、人は人、だ。君は自分で努力して、評価を得ようとしている。それは本当の意味で正しいことだ」


 私が軽々と米沢さんにレジュメを渡そうとしていたことを余程、悔しく思っていたのか、来栖さんはいつもよりも熱く言葉を続けます。


「それに……」


 来栖さんは視線を少し逸らしつつ、言い淀みながらも続きを話しました。


「自分の友人が利用されたり、悪口を言われっぱなしなのは気に入らなくてな」


 そう言って、来栖さんはふいっと視線を前方へと向き直しました。すすき色の髪の隙間からは少しだけ赤く染まった頬が見えます。どうやら珍しく、照れていらっしゃるようです。


「……ありがとうございます、来栖さん」


 来栖さんは私のためを思って米沢さんと対立してくれたのでしょう。私の頑張り具合を来栖さんが認めて、知っているからこそ、どうしても許せなかったのかもしれません。


 良い人だなと思う反面、嫌な役目をさせてしまった申し訳なさも感じていました。それでも彼女の果敢さはとても眩しく思えて、私はつい、目を細めてしまいます。


「本当は私も米沢さんに作ったレジュメを渡すべきか迷っていたんです。偽物の評価を得ても米沢さんのためにはならないんじゃないかって……。もちろん、それが私個人の感情であって、米沢さんの意見ではないので、何とも言えないのですが……。でも、来栖さんにはっきりと言ってもらえたので、何だかすっきりしてしまいました」


「……いや」


「ごめんなさい、庇ってもらってばかりで……。でも、来栖さんに友人だと言ってもらえて、凄く嬉しかったです」


 私が来栖さんの顔を覗き込みつつ、にこりと笑いかけると来栖さんは驚いたように目を見開き、そして右手で口元を覆いつつ、頷き返してきました。

 普段、照れない方が照れている姿を見るのは中々貴重ですね。とても可愛らしいです。


 視界の端に映っている奥村君も「あの来栖が照れるなんて……」と驚きのあまり口に出して呟いています。


「あー……ごほんっ。とりあえず、あの調子では米沢は帰って来ないだろう。……もしかするとこの講義も落とすかもしれない」


 講義を落とす、ということは単位を取得することを諦めるという意味でしょう。


「だが、私は別に米沢に手を差し伸べるつもりはないからな。自分の尻拭いは自分でさせないと」


「……」


「赤月が気に病むことはないぞ。米沢は他の講義もよくサボっているみたいだからな。……真面目でひたむきな人間性を持っているならば、多少は手伝うつもりだったが、彼女はあまりにも真逆な性格をしている。そういうわけで、今後は完全放置だ。絡んで来ようが関係ない。無視をするつもりはないが、赤月にあのような態度を取ったことを謝らないならば、私も許す気はないからな」


 ふんっと鼻を鳴らしつつ、来栖さんは腕を組みます。


 私は何となく奥村君の方へと視線を向けると、彼は困ったような、苦笑しているようなそんな表情を浮かべつつ、肩を竦めていました。


「……それじゃあ、三人で最後にもう一度、発表練習でもするか」


「そうだな」


 空気を読むように奥村君が提案してきたので、来栖さんと私は頷き返しました。


「今日で班作業は最後になると思いますが、どうぞ発表が終わるまで宜しくお願いしますね」


「うむ」


「ああ、宜しく」


 私達三人は今まで練習してきたように、顔を合わせながら発表練習をすることにしました。


 班作業がこれで終わりなのは何となく少し寂しく感じましたが、これからも来栖さんと奥村君とは親しく話していけたらいいなと思います。


 米沢さんと関わることはこれから少なくなっていくでしょう。

 ですが、何故か心には靄がかかったままでした。……もう一度、話そうとしたところで私は嫌われているのでまともに会話が出来るとは思いません。他の人と同じように仲良くも出来ないでしょう。


 それでも、彼女のことを気にしてしまう自分がいるのです。微妙な複雑さを抱きつつも、私は来栖さん達と共に、梶原教授が教室に入ってくるまで発表の練習を続けることにしました。

 

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