来栖さん、庇う。
「さぁ、どうするんだ? このレジュメを受け取って、恥を更に重ねていくのか、それとも──赤月に対する態度を改め、講義を真面目に受けるのか。君はどちらを選ぶ?」
ずいっとレジュメを米沢さんへと差し出しつつ、来栖さんは氷のような冷たい表情で見つめています。
米沢さんは顔を真っ赤にしたまま一度、私の方に鋭い視線を向けてきました。そこには恨みや妬みのような感情が含まれている気がして、私はつい表情を強張らせてしまいます。
すると、来栖さんが持っていたレジュメで私の顔が見えないようにと無言のまま隠してくれました。恐らく、米沢さんからの視線を受けないようにと気遣って下さったのでしょう。
「赤月は他の誰にも告げ口なんてしていないぞ。私が勝手に気付いただけだからな。……搾取する側の人間はいつもそうだ。自分よりも弱いと思う人間を決めつけて、上から目線で指図ばかりする。……なあ、米沢。この状況下で誰が君の味方をすると思う?」
「っ……。あんた、最初からこの場で……」
「でなければ、意味がないだろう? ……赤月の努力を米沢が無駄にしようとしていることが私はどうしても許せなくてな。誰もいない場所で追及してやっても良かったんだが……。何が、誰が、『正しい』のか──人の目がある場所ではっきりとさせておいた方がいいだろう? そうでもしないと、君は私ではなく赤月を逆恨みしそうだからね」
米沢さんに対して公開処刑のようなことをした理由を来栖さんは淡々と話してくれました。
まるで、私には罪がなく、全ては来栖さん自身が勝手に判断して行ったことだと言っているように思えて、胸の奥が苦しくなってしまいました。
何故、来栖さんは庇ってくれるのでしょうか。どうして、私の努力を認めているようなことを言ってくれるのでしょうか。
それが分からないのに、来栖さんは毅然とした態度で私の盾となるように立っていました。
「それで一体、どうするつもりだ? まぁ、この状況下でどちらの選択を選んだとしても、君の悪名は簡単には消えないと思うけれどね」
「……あんた、本当に性格が悪いわ」
「何とでも言うといい。ただ私は……自分の友人の努力を君に悪用されたくはなかっただけだ」
はっきりとした声で、来栖さんは「友人」と言いました。
もしやと思って、私は目を見開きながら、来栖さんを凝視します。一瞬だけ、こちらに視線を向けた来栖さんの瞳は、温かさを含んでいるような優しい眼差しをしていました。
米沢さんはぎりっと奥歯を噛みながら、表情を歪めていきます。まるで憎らしいものを見ているような瞳で来栖さんと私を睨みつけてから、舌打ちをしました。
先日、大上君の前で甘える声を出していた際と同一人物とは思えない程に別人に思えます。それほど、彼女の表情は憎悪にも似た感情で満ちているように見えました。
「こんな茶番、やっていられないわ」
「茶番の原因を作ったのは間違いなく君だけれどな」
来栖さんは米沢さんには聞こえないように、わざと小声で呟きました。
何も聞こえなかった米沢さんはレジュメに見向きすることなく、私達の方に背を向けて、大きな足音をわざとらしく立てながら、教室を出て行きます。
教室の扉をばんっと大きな音を立ててから閉めたため、私は思わず肩を震わせてしまいました。
暫くの間、米沢さんの足音が廊下から聞こえていましたが、廊下の先を曲がった後は次第に聞こえなくなりました。
それを確認してから、来栖さんはふぅっと呆れたような深い溜息を吐きつつ、私の隣の席へと座り直してきました。
言い争いが終わったことを確認しているのか、他の学生達はお互いに視線を向け合いつつも、静けさが戻ってきたことに安堵しているようです。
大上君も何度か立ち上がろうとしていたようですが、自分が加わると更に面倒なことになると察していたようで、心配する表情を向けてきては身体を揺らしていました。
私は大上君に向けて、大丈夫です、と声を出すことなく口だけを動かして伝えます。彼はまだ不安そうな表情をしていますが一応、納得は出来たのか、強張った表情で頷き返してきました。