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赤月さん、告白現場に遭遇する。

 

「ふぅ……」


 金曜日の最後の講義は文化人類学です。人間の生活や文化、活動などを研究する人類学の中の分野の一つです。


 この講義を担当している教授は自ら外国の地にフィールドワークへと出かけて、現地の人達の中に混じって交流をしながら研究したことを講義内容として教えてくれます。


 私にとっては未知の知識と世界なので、毎回講義を楽しみにしているのですが──。


「──どうしてっ?」


 おや、少し早めの時間に教室へと着いてしまったと思っていたのですが、どうやら先客が居るようですね。


 三限目の時間は空き教室となっているはずなので、誰かが利用していたのでしょう。扉は少しだけ開いているので、室内からの声が廊下に少しだけ漏れていました。


 ですがこの声、つい最近、聞いたことがある気がします。確か、この声は……。


「だって、誰とも付き合っていないんでしょう?」


 どこか甘えるような声色に、私は思わず表情を固めてしまいました。

 この声の持ち主が古文書学で同じ班の米沢さんだと気付いたからです。


 とてもタイミングが悪い時に来てしまったようですね。講義が始まるまで、まだ時間はあるので他の場所で時間を潰していようかと、私が扉から離れようとした時でした。


「──うん。けれど、ごめんね。今は誰とも付き合う気はないんだ」


 もう一つの声が聞こえて、私は後ろへと動かそうとしていた足を止めました。何故なら、この声が大上君だと分かったからです。


 確かに大上君も私と同じ文化人類学の講義を受講しているので、この教室に居ることは不自然ではありません。


 恐らく、いつものように私が来るのを待っていたのでしょう。そこへ米沢さんが現れて、大上君に告白を──。


 そんなことを勝手に想像してから、青ざめます。つまり、私がこの場に居るとかなりお邪魔虫になってしまうのではという考えに至ったからです。


「でもっ……。私、大上君のことが好きで……」


 私と接する際の態度とはまるで別人だと思える程に、か弱い女の子を装っているようです。米沢さん、演技力高いですね。女優さんのようです。

 ……これ、米沢さんと鉢合わせしてしまったら、かなりまずいことになるのでは?


 ですが、話している内容も気になってしまい、私は動くことが出来ませんでした。


「うーん……。その気持ちは嬉しいけれど、君が好きなのは俺じゃないと思うなぁ」


 どこかのんびりとした様子で大上君は答えます。


「そんなこと……」


「それにね。……俺が大切にしているものを蔑ろにする人って、あまり好きじゃないんだ。だから──」


 ふっと、大上君が発する声色が低くなった気がしました。


「米沢さん。君のことは無理、だよ」


「っ……」


 米沢さんから息を吸い込んだような音が聞こえました。大上君、口調は穏やかですが、どこか怒っているようにも聞こえます。


「ねえ、俺が何も気付かないと思っているのかな? 顔だけを見ていると、中身まではどんな人間なのか、分からないよねぇ」


 この場所から顔は見えませんが、大上君はきっとにっこりと言う表現が似合う程に笑っているのでしょう。


「何、を……」


「別に君が俺のことを好きなのは構わないけれどね。でも、俺が大切にしているものを傷付けたりしたら、君を一生許さないってことだよ」


「……」


 米沢さんが絶句したように押し黙ります。やっぱり、大上君は怒っているようですね。


 ですが、大切なものってもしかして……私のことでしょうか。いや、それはさすがに自意識過剰というものでしょう。

 私が首を傾げていると大上君は言葉を更に続けました。


「ごめんね? 俺、興味がないものには優しく出来ないんだ」


 穏やかな声色でそう言っていますが、含められた意味を覚ってしまえば、大上君は米沢さんに興味がないと告げているのと同じだと気付きました。


 大上君、全ての女の子達に対して八方美人で優しい人かと思っていましたが、そんな一面もあるのですね。


 はっきりと断る姿を想像したことはなかったので意外だと思ったのと同時に、一途な人だなと改めて思いました。

 ……どうしましょう。何だか、胸の奥が熱い気がします。告白を断られた米沢さんには悪い気はしますが、自分が受け取った感情を誤魔化すことは出来ませんでした。


 ガタリ、と室内から椅子が動いたような音が聞こえたため、私は慌てて扉から身体を離しました。


 こちらに向かってくる足音も聞こえてくるので、恐らく米沢さんが教室の外へ出ようとしているのかもしれません。


 まずい、と思った私はすぐ隣の教室の扉が開いていたので、そこに身体を滑り込ませて、壁に伝うように隠れることにしました。


 それからすぐに、バンッと激しい音とともに隣の教室の扉が開いて、早足で誰かが去って行く音が通り過ぎていきます。


 足音が遠のいてから、私は空き教室から、ひょっこりと顔を出して、廊下に誰もいないことを確認します。

 そして、文化人類学が行われる教室へと何でもなさそうな表情を浮かべつつ、入ることにしました。

 

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