赤月さん、助言をもらう。
来栖さんと奥村君と一緒に発表準備をするようになって、数日が経ちました。
大上君には一緒に居られる時間が少なくて寂しいと言われましたが、彼も班による発表準備に追われているようで、すぐに班員の女の子達に捕まっては連れて行かれていました。頑張って下さい。
「──そのため、当時は火事が起きることが多かったので、このようなお触れが町人に向けて出されていたのだと思われます。……以上です」
私達三人は空き教室を使って、教授と生徒の前で発表する練習をしていました。練習とは言え、緊張してしまっているので声が途中、震えてしまいました。
それでも私の発表を聞いてくれている来栖さんと奥村君は笑うことなく、真剣な表情で私の発表に耳を傾けてくれています。
「うん。まぁ、背景の考察としてはよく調べられているなと思う。レジュメの作り方も見やすくて綺麗だし、当日の発表はこれで良いと思うぞ」
奥村君は私が作成したレジュメを眺めつつ、誤字や脱字、また自分が担当する部分との相違点がないか探してくれているようです。
「だが、発表する態度が少し気になるな」
相変わらず無表情が多い来栖さんはどこか悩むような口調でそう言いました。
「人前で緊張するのは分かるが、練習の段階でも君が不安ながらに発表しているのがこちらへと伝わって来てしまっている。君が現代語訳した部分と内容を考察した部分はとても丁寧に調べられているので、もう少しだけ堂々と発表した方がいいだろう」
「は、はい……」
来栖さんの言葉はとても的確で、私はまだ自分の弱みとなる部分が改善されていないことを改めて知りました。
やはり、荒療治となりますが無理矢理に人前に立って、緊張する性格を治していった方がいいのかもしれません。
「……五月のオープンキャンパスで、君が学生と教授達の前で発表している姿を見させてもらったが、あの時の発表はとても良かったと思う」
「え……」
来栖さんは私が渡しているレジュメに視線を向けつつ、訂正箇所がないかを探してくれています。
「テーマについて丁寧に調べられているし、何より君が自ら考察した部分は特に面白かった。フィールドワークで出会った人に聞き取りをしたと言っていたが、その際の文章も分かりやすくまとめられていたし、何より──」
そして、来栖さんはすっと視線を上げました。彼女の瞳はじっと私へと注がれています。
「私は君の発表に感銘を受けていた。同じ学生とは思えない程に君は物事に真摯だ。真面目に、そして何よりも考えることを楽しんでいる、それが伝わる発表だったように思える。……確かに緊張で言い淀むことはあったが、それはとても些細なことだ」
「……」
「だから、赤月。君はもっと、自分がやっていることに自信を持つべきだ。胸を張って、視線を上に向けろ」
口調はとても淡々としているのに、それでも来栖さんからは熱い想いのようなものが向けられている気がしました。
「君を見ている限り、変に目の前の人間達を意識し過ぎているんだ。だが、発表をしている際は自分がその場の主役のようなものだ。他の人間の視線を深く気にする必要はない。自信を持って自分の発表を行うことが何より大事なのだからな」
「……はい」
まるで先輩や教授に諭されるような口調で来栖さんはそう言い切りましたが、自覚がある私は頷きつつも、自分が訂正するべき部分を頭に入れておくことにしました。
「緊張しやすい性格なのも分かる。……そうだな、君の前で発表を聞いている者達は石ころだと思え」
「石ころ……」
「石ころは喋らないし、動かないからな」
「ぐふっ……。そこは『じゃがいも』じゃないのかよ……」
来栖さんが真面目な表情で発した言葉に奥村君は眼鏡が傾く程に噴き出しました。よほど面白いと思ったのでしょう。
一方で来栖さんは「何か問題でも?」と言わんばかりの表情を浮かべています。それが何だかおかしく思えて、私もつい小さく笑ってしまいました。
「そうですね。来栖さんの言う通り、目の前の人達を石ころだと思って発表することにします」
「うむ。ぜひ、そうするといい。さて、次は奥村の発表の番だな」
「ぐっ、ふ……。ちょ、ちょっと待ってくれ……。まだ、笑いが……」
「何だ、石ころのことか? ほら、私は石ころだぞ。じーっと、お前を見ているだけで、動かないし喋らないぞ?」
「ぶふっ……。だから、止めろって……」
奥村君はつぼにはまったのか、暫くの間ずっと笑い続けていました。
そこに追い討ちをかけるように来栖さんは真顔で何度も「私は石ころだぞ」と言っているので、奥村君は過呼吸を起こしそうな程に笑っています。彼がこんな風に笑っているのは初めて見ました。
ですが、二人のおかげでそれまで抱いていた緊張はほぐれたように思います。
本番の発表の際も今日のことを思い出して臨むとしましょう。……笑わないように気を付けなければなりませんが。