赤月さん、同級生に話せない。
次の日の三限目。私と来栖さん、奥村君は昨日と同じように図書館に集まっていました。作業内容は昨日と同じです。
ですが、作業を始める前に米沢さんのことについて二人に話しておこうと思います。
「あの……。実は昨日の昼休みの後に、ばったりと米沢さんに会いまして」
「ほう?」
「え……」
二人の視線が同時に私へと向けられます。来栖さんも奥村君もどこか訝しがるような瞳で私が言葉の続きを話すのを待っているようでした。
「そこで、今日の三限目に図書館で発表準備を協力して行うので、一緒にどうかと誘ってみたんです。……でも、はっきりと行かないと言われてしまいまして」
私が最後まで言い切ると奥村君はどこか呆れるように腕を組みつつ溜息を吐きました。
「今日の都合が悪かっただけなのか? それとも……」
「……いえ」
それ以上の言葉を言ってしまえば、米沢さんの印象が悪くなってしまう気がして、首を横に振るだけに留めることにしました。
ですが、来栖さんと奥村君は私が言葉に詰まった先のことを読み取っているようで、どこか納得するように頷き返します。
「……随分と身勝手だな。このままだと、米沢本人の評価にも関わるというのに」
「……」
私は米沢さんから、彼女の分も手抜きすることなく、しっかりとやっておくようにと言われたことを二人に打ち明けることは出来ませんでした。
「……ふむ」
来栖さんは口元に右手を添えつつ、何かを思考しているようです。そして、私の方へと視線を向けてきました。
「……」
じっと見つめられたため、私は心の中を見透かされているのではと、つい困ったような表情を浮かべ返しました。
しばらくすると、来栖さんはふぅっと息を吐いてから、机に向きなおります。
「まぁ、私達と一緒にやりたくはないと言うならば仕方がないさ。元々、気が合うような感じはしなかったからな。だからこそ、これから先がどうなろうとも、選ばなかった奴の自己責任ということだ」
来栖さんはまるで何か意味を含んだような言葉でそう告げます。
「それに今回の発表は一応、班に分かれて作業することになっているが、文章の担当箇所は個別だから評価は班ごとではなく、個人で付けられると聞いている。それ故に、こうやって班ごとに集まって作業することは絶対ではないからな。……米沢が個人的に発表準備を進めているというのならば、特に何も言う気はない」
きっぱりと言い切る来栖さんに同意するように奥村君は何度も頷いています。
「確かにそれもそうだな。個人でやっているならば、問題ないだろう」
「さて、米沢のことはとりあえず置いておいて、私達は私達のやるべきことをやろう。文章を訳した後は、お触れが出された際の背景について調べるために資料集めをしなければならないからな」
「ああ」
「そうですね」
二人は米沢さんのことをそれ以上、気にすることなく、自分の作業に取り掛かり始めます。
私も資料となる用紙に視線を落としつつ、そして二人に気付かれないように溜息を吐きました。
手元にあるのは私が担当する文章と、米沢さんが担当予定の文章です。
米沢さんには担当してもらう文章がどの部分なのかを伝えきれていません。そもそも、昨日の米沢さんの態度は心の底から私と一緒の班が嫌だという感情が伝わってくる程に鋭かったです。
来栖さん達は米沢さんが自分で発表準備をするならば、それでいいと思っているようですが、私は──米沢さんがこの講義のために発表準備を自ら行うことはないだろうと何となく確信していました。
私が米沢さんの文章を担当することに不満があるわけではありません。それに私が米沢さんの分をやらなければ、彼女はこの講義の評価が低いものとなってしまいます。
でも、自分でやらないと宣言している米沢さんの分をやるのは何だか気が引けてしまうのです。それはきっと偽りの評価になってしまうからでしょう。
嘘の評価を米沢さんが自分のものにしてしまえば、それは彼女のためにはならないと思ってしまったからです。……ああ、でもこんな風に思ってしまう私のことを米沢さんは嫌いなのでしょう。
私と米沢さんは考え方が違うのかもしれません。
本当は心の中で葛藤していることを目の前に居る二人に吐き出してしまいたいと思っていましたが、私はぐっと言葉を喉の奥へと飲み込んで、作業をする手を動かすことにしました。