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  作者: 上田 桃子
6/10

夫に不倫の証拠を突き付けた次の日、思いがけず坂下朋子から返信メールがきていた。

返信があると思っていなかったので、少し意外であった。

夫とは二度と連絡を取らないと約束する内容だった。

坂下朋子も不倫関係を夫に知られるのは困るだろうから。当然関係が切れると思っていた。

これで終わったと思った。

夫に事実を突き付けるまでは、証拠集めをしたり、シュミレーションしたり、考えを巡らしたりしてきたが、ぶちまけた後は今までとは違う感情が、私の中で暴れだした。

許せなかった。

夫が「もう、不倫はやめる。これからの僕を見てくれて」と言っても、どす黒い感情が心を支配してどうにもならなくなっていた。

過去の不倫の事実はどうあがいても消えないのに、どうにも乗り越えることができなくなっていった。

私は狂っていた。

その感情を毎日、夫にぶつけた。

私も苦しかったが、毎日責め立てられる夫も地獄だったと思う。

乗り越えられない、と正直思った。

幸か不幸か、ちょうどその時期、私は仕事で多忙を極めていた。いや、あえて仕事を入れていた。

家にいれば夜叉になる。

自分で自分が嫌になっていた。

毎日終電近くに帰宅した。何も考えられないくらい自分を疲れさせた。

仕事に救われた、実感だった。

土日も休日出勤を重ねた。

時が過ぎていくのをじっと待っていた。

でも、自宅で時間ができると、どうにも自分が止められなかった。

泣きわめき、夫を責め立てる。

夫婦生活は壊れていった。


組織で仕事をしている人間なら、誰でも、何か事が起こると、原因を追求する習慣が身についていると思う。

そして、改善策を考え、実行し、さらにその効果を検証する。

いわゆるPDCAである。

私も、夫を責めながらも、今回の不倫がなぜ起きたのか、自分なりに考えた。

それは、今までの結婚生活を厳しい目で見つめ直す、自分にとって、なかなかにしんどい作業であった。

私は社会人になってほどなく、会社の上司から夫を紹介されて結婚した。

そもそも、その上司は親の知り合いだったから、恋愛の形を取っていたが、実態は見合いと変わらなかった。

学生時代に数人の男性と付き合ったが、同世代と比べて、年上の夫は話題も、連れて行ってくれる場所も、金銭的にも、大人の世界を見せてくれた。

私は、何ヶ月もしないうちに結納を交わした。

今、仕事している自分を振り返ると、仕事の面白さに気づいていたら、きっと縁遠くなっていたろうと思う。

早くに家庭に納まって、子供を持てた事は、分別がつかない時期に結婚したからだと、ある意味、親に感謝する。

結婚後、夫が大病をして、将来に不安を覚えた私が、パートとして勤め始めるまで、専業主婦であった。

病気をしたとは言え、ほどなく仕事に復帰し、夫は生活するのに充分な給料を家に入れてくれていたし、私がやりくり上手だったら、もっと蓄財できたであろう。

小さな会社だったことが幸いして、事業拡張にともなってパートから契約社員、正社員と待遇が変わっていった。

いつの間にか古参の社員になっていた。

その過程で多少の経験と業務に必要な資格が身についていった。

仕事は面白い。家事育児とは別次元で成果と失敗の見える世界だ。

家族が一番といいながらも、仕事にまい進していた。

家庭と仕事の両立というが、私の場合は育児と仕事の両立が最大の課題であった。

「妻」は置き去りにされていた。もちろん夫の仕事上の付き合いや友人、知人との付き合いなどは我ながらそつなくこなしていたと思う。一見いい奥さんに見えていた自信はある。

私は夫の「渉外係」であった。

家庭の中で、夫が何を考え、何を求めているのか、考えをめぐらすことも、優しい言葉がけもなくなっていた。

夫の両親含め、夫の周囲の人たちを大事にすることが、夫への愛情だと勘違いしていた。

全く夫を見ようしなくなっていいた。

そして夫婦関係もなくなっていた。

夫から求められることもあったが、拒否をしていた。

疲れていたこともあったし、夫に対して近親者のような感覚に陥っていたので、夫とセックスすることは近親相姦のような気持ち悪さがあったのだ。

夫は自分の側の人間で、気遣うべき相手ではなくなっていた。

だから、夫の心の動きが分からなかったのだ。

自分のこれまでを考えてみると、今回のことは「起こるべくして起こった」のだと自嘲の気持ちも湧いてきたりした。

何事も100対0でどちらかに比があるわけではないのだろう。

夫の不倫が分かってから、何度も「もっと夫を男性として見ていたら」「もっと夫に優しい言葉がけや態度で接していたら」と考えた。

そうしたら、今回のことはなかったのではないだろうかと。

でも「たら、ねば」はない。

起こってしまったのだ。

人生のねじを巻き戻すことはできない。

起こった事実は消せないのだ。

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