宣告
ゴールデンウイークには、学生時代からの友人3人と旅行に行くことが前から決まっていた。
それぞれに、仕事、育児、介護と程度の差こそあれ、背負うものがあって、2カ月に一回程度ではあったが集まって食事をしながら、現状を報告しあったり、情報交換をしたり、愚痴を言いあったり、学生時代のバカ話に花を咲かせていた。
先の見えない義母の看護生活やこれから迎えるであろう介護生活への不安で押し潰れそうな私の、唯一の光の場であった。
今回は、義母を送った私をねぎらうというのが名目だったので、キャンセルするわけにはいかない。
頭の中が花畑になっている夫を残して行くのは、嫌だったが、夫の不倫で自分の予定を変更するのはもっと嫌だった。
私は意地を張っていた。
その頃は、夫のメールを密かにチェックするのが私の日課になっていた。
案の定、夫は坂下朋子へ向けて、私の不在と、あろうことか自宅へ誘うメールを送っていた。
さすがに、坂下朋子も不倫相手の自宅で関係を持つのは憚られたのであろう、夫に断りのメールを送ってきていた。
それでもしつこく、誘いのメールを送っていた。果ては、家政婦よろしく、お金を払うとまで言っていた。
私も、坂下朋子が自宅に来ることはないであろうと思ったが、留守中に誰が来てもいいように、念入りに掃除した。
トイレには一輪の花を飾り、いつもなら使わない上質のトイレットペーパーに取り替えた。これも意地だった。
そしてそれは滑稽な自身の姿だ。
結果的には、坂下朋子は家にこなかった。
私が旅行から帰ってからのメールで、夫は家にこなかった彼女に、恨みがましいメールを送っていた。
私は夫に不倫の事実を突きつけ、どのような制裁を加えるか、考えていた。
不思議だが、不倫に気づいてから今に至るまで、私には別居も離婚も選択肢の中になかった。
もちろん感情が高ぶって、離婚を口走った事はある。
しかし、夫が私の責めに耐えかねて、離婚を言い出すと、私は攻め手を緩め、慌てて軌道修正していた。
この年齢での離婚は失うものが多すぎる。
夫の不倫ごときで、今の生活を台無しにするのは、あまりにも損だ、という打算が私の中にはあった。
しかしながら、不倫を黙認するほどの太い神経も持ち合わせてなかった。
私は夫に向けて念書を作成した。
・直ちに不倫関係を解消すること。
・二度と相手と連絡を取らないこと。
・相手が妊娠していた場合は、妊娠の事実が判明した時点で、不動産含めた全財産を無条件に妻である私に贈与すること。
・退職金から支払った一時金と、退職金の額を誤魔化して自分の口座に入れたお金、全て一旦、家の口座に戻すこと。
この時点では、坂下朋子はどういう人物なのか分かっていなかった。
夫といつ出会ったのか、年齢も知らなかった。
自分の中の想像で、「私より若く、美しい女性」と勝手にイメージを働かせていた。
坂下朋子か既婚者かどうかも掴んでいなかった。
そして坂下朋子に宛てて、メールで
・夫と別れること
・二度と連絡を取らないこと。
・また、関係が発覚したら坂下朋子の家族に告げること。
このような内容を織り込んだメールを、夫と話し合う直前に送信した。
ほぼ同じ時間に、2人にむけて宣告した。
話があると夫を呼び、食卓をはさんで向かい合って座った。
改まった私の様子に夫はとまどいながらも、私の向かいに座った。
単刀直入に「あなた、不倫してるよね」と切り出した。
夫はしどろもどろになりながらも「何言ってるんだ」と否定した。
私はたたみかけるように、「不倫の事実をここで確認する気はありません。
すべて、証拠はそろってます。今日はこれからのことを話そうと思ってます。」と至極冷静に話しを切り出した。
不意打ちである分、私が絶対的に有利であった。
夫は迎え撃つ準備は何もできてなかった。
そして、あっけないほどあっさりと認めた。
私は何回もシュミレーションしていた。
その中には夫が認めず怒鳴りあいになるということも想定していた。
とにかく冷静に対応するということだけ、自分に言い聞かせていた。
夫の口から相手の女性にも家庭があることを初めて知った。
W不倫だったのだ。
そして、うなだれながら、私の作った念書にサインをした。
これで、片が付いたと私は思っていた。
ここから、本当の泥沼が私たち夫婦にも私自身の中でも始まるとまだ、分かってなかった。




