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  作者: 上田 桃子
3/10

見てしまった現実

夫の携帯には坂下朋子と毎日やり取りしたメールの送受信記録だけではなく、コンサートのチケット入手代行を依頼した知人からのビジネスホテルのデイユース予約の連絡もあった。

体が震えた。

懐かしい相手と会うだけではない、生々しい現実があった。

夫の手帳を見た。

もう、自分が止められなかった。

そして、几帳面な夫が記録していた、坂下朋子との密会記録が詳細に分かった。

手帳にはデイユースを設定しているホテルのリサーチメモもあった。

笑えるほど几帳面だ。

おまけに勃起不全治療薬の説明書まで出てきた。

涙ぐましい努力を重ねていたようだ。


夫が不倫を初めてから何か月もたたない間に、夫の母親が難病にかかった。

70歳過ぎまで働き、自分の趣味にものめり込んでいた義母が風邪をこじらせたことから免疫不全の難病にかかり亡くなるまでの1年間、我が家に嵐が吹き荒れていた。

きついところもあった姑だった。

姑のきつさを知っている方々からは、嫁としての大変さをねぎらっていただくことも多かったが、嫁だからといっていじわるされるということは、まったくなかった。

今思えば、義母の方が嫁の私に遠慮していたのではと思う。

そんな元気な姑が風邪をこじらせて入院し、坂道を転がるように悪くなっていった。

実家の母がよく「年寄は入院したら出てこれなくなる。だから私は具合悪くても入院しない」と言っていたが、果たしてその通りになった。

義母が入院してからというもの、我が家の生活は母の看護が第一になった。

毎日、仕事が終わると病院に行き、面会時間が終わるまで一緒にいた。幸い病院が自宅から近かったこともあって、苦にはならなかった。

とはいえ、毎日の病院通いは疲れた。義母とたわいもないおしゃべりをして、洗濯物を持ち帰るというだけなのに、病院というところは元気なものの、気を奪う何かがあると思った。

夫も病院の往復に車を出してくれるなど協力的であったと思う。考えれば自分の親なのだから夫が中心でやるべきだったのだろうが、義母の生活を永年つぶさに見てきた私が看護の中心となっていた。

でも、疑問も不満も感じなかった。当然の自然なことと思っていた。

母の病気の先行きがわからないころ、私自身に異動の話があった。この移動は昇進も伴っていた。

組織で階段を一段登るといることは、見える景色がちがうということだ。

見てみたかった。

この年齢で会社が期待してくれること、そのために上司が動いてくれたであろうこと、目の前の階段を上りたかった。

でも、正直に上司に義母の病気を打ち明けた。現在、毎日病院に行っていること、そのために残業がまったくできないこと、難病であること、治療で使うステロイドの影響で認知症のような症状が出てきていること、先行きが不明だが、最悪の場合、介護のために仕事を辞めなくてはいけないかもしれないこと。

上司も親を抱える身なので理解を示してくれた。私の異動の話は消えた。

義父母はフルタイムで働く私の代わりに孫である子供たちの面倒を見てくれていた。今度は私が義母に返す番だ、と心から思っていた。

難病が分かってからは、役所への申請や、介護認定や、医師とのカンファレンスなど、平日日中も時間を取られることが多くなった。そのたびに有休をとった。

どうしても休めない時は外出先から病院に駆けつけることもあった。ずっと走って移動した。

無我夢中だった。

しかし、最後は誤嚥性肺炎であっけなく義母は逝ってしまった。

夫の不倫が分かったのは、納骨が済んでから半年ほどたった頃であった。


夫の手帳を見ると、義母の発病の半年前から始まって、母の入院中もずっと定期的に会っていることが分かった。

つまり、不倫関係は母の入院を挟んで2年にも及んでいたのだ。


夫婦でありながら、まったく違う時間を過ごしていた現実がそこにはあった。

耐えられないほどの衝撃だった。

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