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  作者: 上田 桃子
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逡巡

夫にどう切り出そうか考えている最中、夫の両親の墓参りに行った。

夫の両親とは長年同居していた。

舅姑との同居は、正直言って、辛抱することも多かった。しかし今考えると、私は夫の両親に大事にされていた。

何年も前になるが、夫の父親がガンで入院していた時、家に帰りたがったことがあった。

義母と交代で病院に行っていた私が、義父を家に連れて帰ってきたことがあった。

都心の病院からタクシーに乗って、靖国神社、皇居と通過し家に帰ってきた。おそらく父が家に帰るのは最後になるのではと予感していた。

ガンの治療で認知症の症状が出ていたが、やさしい義父であった。


墓参りの日、雨が降っていた。

墓石の側面に掘られた義父母の戒名没年の文字が濡れていた。

そこだけが浮き立つように濡れていた。

詫びていた。

「ごめんなさい。息子を許してください。お願いします」

墓の戒名が泣いていた。

嫁に墓の下から土下座していた。

私は、まだ何も告げていない夫を恨んだ。

死んで尚、自分の罪を親に謝らせる夫を恨んだ。

でも、墓石の涙をみて、私は夫を捨てることができなくなった。


夫と結婚する前、夫の知人カップルと一緒に食事したことがあった。

私はまだ若く、人の気持ちを慮ることもできなかった。

それでも、その知人カップルの女性から私に向けられた密かな敵意を感じていた。

でも、その正体はわからなかった。

人の敵意に対して無防備だった。それほど幸せな環境に守られたまま結婚した。

そして30年経ち、その彼女は若くして死出の途についた。

その葬儀が始まりだった。


夫が彼女の通夜、告別式両方に参列すると言ったとき、とても嫌な感情を覚えた。

親戚や親友でもない立場の人間が通夜、葬儀共参列することが、故人とのあらぬ関係を憶測させることになると止めた。

30年前のかすかな敵意を思い出したのかもしれない。

亡くなった彼女は夫に特別な感情があった。

だから私に針の感情を向けてきた。

あとから分かったことだが、夫と不倫相手の坂下朋子はその葬儀で再会した。

30年ぶりに。

死んだ彼女の采配だったのかもしれない。


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