第4話 無駄な足掻き
その夜。
千田地位が眠れずにスマホを眺めている頃、動画サイトには一本、また一本と動画が投稿されていた。
タイトルはどれも似たようなものだった。
『電車内で発狂するチー牛がヤバすぎるwww』
『【爆笑】クリスマスに電車でブチギレる男』
『このチー牛、ガチで面白すぎるwww』
サムネイルには、電車の中で叫ぶ千田の顔が大きく映っていた。
動画の長さは数分。
元の映像に掲示板のレスを重ね、笑い声の効果音や大げさな字幕をつけただけのものだった。
コメント欄は盛り上がっていた。
『腹痛いwww』
『こんな奴実在するんか』
『クリスマスにこれは草』
『人生楽しそう』
『親の顔が見てみたい』
『学校でどんな扱い受けてるんやろ』
千田は画面をスクロールする。
最初は何が起きているのか分からなかった。
けれど、動画の中に映っている人物が自分だと気づくまで、そう時間はかからなかった。
「……え?」
タイトルを見直す。
再生数を見る。
コメント欄を見る。
何度も画面を更新した。
再生数は増えていた。
数百。
数千。
そして、さらに増えていく。
「なんだよ、これ……」
千田は動画を閉じた。
しかし、すぐに別の動画が目に入った。
同じ映像だった。
また別のチャンネルにも投稿されていた。
逃げても、逃げても、同じ顔が出てくる。
それは、画面の中に閉じ込められた自分自身だった。
午前1時18分。
千田は再び動画サイトを開いた。
今度はコメント欄に書き込んだ。
最初は短い文章だった。
『勝手に人の顔を晒すのはやめてください』
投稿して数分後、返信がついた。
『本人降臨で草』
『効いてて草』
『チー牛くん見てるー?』
『お前が面白いことしたから動画になったんやで』
千田は画面を見つめた。
指が止まらない。
『人のことを笑って何が楽しいんですか』
『こっちは普通に生活してるだけなんですけど』
返信はさらに増えた。
『普通に生活してたら電車で叫ばんやろ』
『釣り乙』
『もっと面白いこと言えよ』
千田は別のまとめ動画にもコメントした。
そして、また別の動画にも。
気づけば、いくつものチャンネルのコメント欄に書き込んでいた。
そのうち、怒りは動画を投稿した人間だけでなく、コメントを書いた人間にも向けられていった。
『お前ら全員性格終わってる』
『顔も知らない相手を笑って楽しいですか?』
『一生ネットに張り付いてろ』
『人の人生を壊してる自覚あるんですか』
返信欄は、ますます騒がしくなった。
『めっちゃ効いてて草』
『本人なら動画のネタ提供ありがとうやで』
『こいつコメント欄巡回してて草』
千田はスマホを握りしめた。
自分の書き込みが、また誰かの笑いものになっている。
それでも、書くのをやめられなかった。
数日後。
千田のもとに、一通の通知が届いた。
動画サイトの運営からだった。
投稿したコメントの一部について、利用者から通報があったという内容だった。
さらに数日後。
今度は重要と書かれた郵便物が届いた。
千田は封筒を開けた。
中には、発信者情報開示請求に関する書類が入っていた。
自分が書き込んだコメントについて、投稿者側が法的な手続きを進めているらしい。
千田は何度も文章を読み返した。
意味がすぐには理解できなかった。
ただ、自分の名前が書かれていることだけは分かった。
「……なんで」
誰もいない部屋で、千田は呟いた。
動画を投稿されたのは自分だった。
笑われたのも自分だった。
それなのに、今度は自分が責任を問われようとしている。
千田はスマホを開いた。
動画サイトには、相変わらず新しいまとめ動画が投稿され続けていた。
そのうちの一本のタイトルが目に入る。
『【悲報】チー牛本人、まとめ動画にブチギレてしまうwww』
サムネイルには、千田が書き込んだコメントのスクリーンショットが使われていた。
再生数は、すでに伸び始めていた。
千田はスマホを伏せた。
この夜、彼は初めて知った。
ネットの中では、怒ることさえも笑いのネタにされるのだと。
彼の人生は今サブマリン投法から投げられる低めのストレートのように地を這っている。




