第三十二話 SPEED TK re-mix
リコのスピンキックがヒカルの顔面にヒットした。ヒカルはふらついた後、前方へ倒れ込 む……かに見えたが、そのまま倒立して両足を器用に動かしながらリコを攻撃する。
「僕の蹴りは効いていなかったのか!?」
ヒカルの蹴りを防ぐリコ。いつの間にかヒカルは倒立をやめ、リコと間合いを取っていた。
「受けの美学…っつったか?やっぱり馬鹿みてえな事してんな。プロレスラーってのは……」
ヒカルはリコの蹴りを受けた右の頬を押さえながら言う。
「ヒカルの野郎……リコの蹴りをわざと受けて反撃しやがったのか……!?」
相手の攻撃を受け、やり返す……その戦法はまさにプロレス。ヒカルが窮地に見出した策─それはプロレスの闘いに順応する事であった。
「蹴りは直撃したはずなのに、何で平気なんだ!?」
リコは怪訝そうに殆ど無傷のヒカルを見やる。
「蛇って生き物はな、関節が軟らかいんだぜ?だから首の力を思い切り抜けば、喰らった衝撃も分散出来るっつーワケだ」
ヒカルは首をクネクネと動かし、その関節の可動域が尋常ではない事を示してみせる。
「何だよ、そのトンデモ理論は……」
再び対峙する両雄。すると、ヒカルは今までに見せた事のないフットワークを始めた。
『ヒカル選手、いきなりダンスを踊るかの如きステップを刻み始めました!』
『これは······ジンガだ!!』
『じんが?』
ジンガとは、ブラジル発祥の武術カポエイラにおける基本ステップであり、とても格闘技の動きとは思えぬほどリズミカルかつコミカルなステップである。
カポエイラの起源には諸説あるものの、手枷をはめられた囚人達が看守の目を欺くためダンスに偽装して鍛錬をしていたとする説がある。ジンガのダンサブルな動きはその説を裏付ける要素の一つとも言えるであろう。
ヒカルはジンガの動きに合わせて不規則な軌道の蹴りを放つ。
「うわっ」
間一髪で回避したリコだが、反撃をする間隙が窺えない。
「……ならば!」
リコは左右の腕をそれぞれ大きく円を描く様に回しながら、ヒカルの周囲を一定のリズムで移動し始めた。
「あれは……ライゲルステップ!」
テルはその動きを知っていた。
伝説の覆面レスラーにして、老若男女に絶大な人気を誇ったスーパーヒーローこと、ライゲル・エンマスカラド。その正体は“アカプルコの疾風”こと田山聡一。言わずと知れたアトラス星野の 師である。
そのライゲルが試合の折、事ある毎に使ったのがこのライゲルステップなのだ。
『ヒカル選手とリコ選手、双方とも舞う様なステップです!これではまるでダンスバトル!今、行われているのは本当に格闘技の仕合なのでしょうか!!?』
実況のツジナリがそう言うのも無理は無い。端から見れば滑稽に見える光景ではあるが、本人らは相手の隙を窺うのに必死である。
(何だ、この変な動きは……)
ヒカルはジンガで左右に揺れながら、
(きっと攻め入る隙が生まれる筈だ!)
リコはライゲルステップで徐々に距離を詰める
((今だ!!))
リコのローリングソバットとヒカルの半月コンパス蹴り、二つの蹴りが交錯する。
「外した?」
「オレの方は……計算通りだぜ!!」
ヒカルの左足がリコの左足に絡みつく。
「こいつ、 まさか・・・」
ヒカルの足は獲物を捕らえた蛇の如く、リコの体をマットへと引きずり込む。リコはヒカルを「蹴り倒す」目的でソバットを放った。だが、ヒカルの倒立しての蹴りは打撃ではなく、リコを寝技へと引き込む為に放ったものだった。
「くそっ!!」
立ち上がろうとするリコ。
「おいおい、自慢のジャベとやらを見せてくれよ」
ヒカルの足はリコの左足に絡みついたまま。
『これはデラヒーパガードだー!!』
比較的新しい歴史を持つブラジリアン柔術は、続々と新しい技術が生まれる為、技に開発者の名を冠するものが幾つか存在する。このデラヒーバガードもその一つだ。
「そして、こいつはオレのオリジナル技だぜ!!」
ヒカルは足を絡めたまま左手でリコの左踵を掴む。そして、自らの体を横方向へ高速で回転させる。
「ぐああああああ!!!」
リコの悲鳴にかき消されるように、ぶちんと音が鳴る。 左膝の靭帯が断裂した音だ。
「名付けてヴィボラ・エスピラル!」
立ち上がりながらヒカルが命名したその技名はポルトガル語で「毒蛇の螺旋」を意味する。
リング上でうずくまるリコに対し、審判ゴーレムはダウンカウントを告げ始めた。
1
「リコーっ!」
テルは客席から立ち上がる。
2
そしてリングへと走る。
3 4 5
「リコ!!」
リングサイドへ駆け付けたが、リコはもう立ち上がれる状態ではなかった。
6 7 8
テルは両拳でリングのエプロンを叩く。
9 10!
「勝者、ヒカル!!」
ヒカルの勝利とリコの敗北を告げる一声を聞くと同時に、テルはリング内へと滑り込み横たわるリコの元へと駆け寄った。




