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less than  作者: 成瀬 せらる
kiss my neck
17/17

この時を永遠にしたい




「おっおっおっ!おねえさま!見てください!あ!お兄様!見てください!ほら!これ!」


朝、僕とタバサが寝坊してしまい、遅めの朝食に向かうと、ほとんど同じタイミングでウェンディとクリストファーも着席していた。ウェンディは興奮しきっており、朝食を食べられる状態ではないらしい。クリストファーも珍しく黙りこくっている有様だ。


ウェンディは現れた僕とタバサに駆け寄り、指をずいと差し出した。


左手の薬指に、真っ赤な大きな石のはまった指輪が飾られていた。


「プレゼント?」


タバサが大真面目に首を傾げた。


「ちがっ!!!お姉様!!私、婚約してしまいました!!」

「婚約?」


タバサは明後日の方向を見ながらさらに首を傾げた。


「婚約指輪?クリストファー、こんなものどこで手に入れたんだ。返してきなさい」

「買ったんだよバカ」


僕が真顔で惚けるとクリストファーはようやく反応した。


「金なんか持ってた?」

「貯めた。ウェンディの配下になってから給金の制度ができて」

「ウェンディは優しいな」


クリストファーの給金は僕は知らなかった。多分、ウェンディからタバサに頼んだのだろう。


「はい、クリストファーはこれでも甘いものが大好きですから、食費くらいはあげたくて…」

「君は飼い主から貰ったお金を飼い主に還元したんだな」

「夢のない言い方はやめてください!」


僕の毒舌にウェンディは嘆いて、クリストファーにしなだれかかった。クリストファーは手慣れた動作でウェンディを受け止め、肩を抱く。


「婚約しちゃった!お姉様!」


ウェンディはハイテンションで叫んでいる。そしてタバサは魂を遠くに置いてきてしまったようだ。


「タバサ、言わなくていいのかい?」

「え?あ、そうだな。ウェンディ」


僕が促すと漸く我に返り、タバサはウェンディを呼んだ。


「僕とアイザックも婚約した、というか結婚する」

「あら?5年ほど前に逆戻りしました?クリストファー、今は何年何月何日でしょう?お姉様、少しだけ話があります」


ウェンディは当たり前の反応をし、クリストファーはけらけら笑った。

ウェンディはタバサと2人きりで話をしたいのか、僕たちから離れてタバサと部屋の隅へ移動した。僕もクリストファーの隣に座る。


「婚約何周年だよ」

「本当の意味で婚約したんだよ、昨日」

「へえ!お前そんな度胸あったんだな」

「失礼だな」


クリストファーが僕を小突く。僕は迷惑がってクリストファーを振り払った。


「でも指輪無しだろ?俺の勝ちだな」

「勝ち負けで言うなら君たちより付き合いの長い僕らの勝利だと思うよ」

「それなら俺たちは婚約までお前たちの倍以上の速さだぜ?」

「慌てて結婚すればすぐ別れることはデータの上で明らかだよ」

「そのデータに吸血鬼と人間のカップルは含まれるか?」


一本取られた。

僕は両手を上げて負けを認めた。


「指輪は君のより良いものを用意するさ」

「できるか?石は俺が昔戦って破ったユグド・シルベニア・ドラゴンの心臓に宿る赤石だぜ」

「魔除けの最高峰じゃないか。君自身が遠ざけられそうだな」

「あれは持ち主の意向を反映するから俺は寄せ付けられる。指輪の金属もオリハルコン。決して朽ちない」

「作業費、とんでもない金額だったんじゃないか?」

「まァな。まあそんなもんだろ?婚約指輪ってやつは」


人間社会に溶け込みはじめた吸血鬼は照れ臭そうに笑った。


「俺はウェンディに、俺を選んだことを後悔させたくねェんだ。ほんの一瞬も。老いのスピードでいつかは亀裂が生まれるかもしれない。その時に引き止めるものとして、俺ができうる限りの誠意で用意した指輪が依代になれば良いと思って」

「良いやつだな、君」

「タバサよりはな」


吸血鬼は嬉しそうに笑って、頭を掻いた。


「ウェンディ、お返しをくれるんだってさ。くれたらさ、4人で肖像画でも描いてもらおうぜ。俺は今が一番幸せなんだ。この時を永遠にしたい」

「ロマンティックだなあ君は」

「な?いいだろ?すごく仲良さそうに描いてもらおうぜ」

「いいよ、タバサが了承すればね」

「でもウェンディは黒髪に近い時で描いてやってほしい。髪が青くなってからのこと、良くは思ってねェんだ。俺も…」


僕はウェンディをじっと見つめた。真っ青な髪はタバサそっくりで美しく、そしてウェンディにもよく似合っている。それでもウェンディは違和感を抱き、そんなウェンディをクリストファーは気遣っている。


「指輪は描いてほしいんだろ」

「当たり前だ!」


クリストファーは顔をほんのりと赤く染めた。


「俺とウェンディが結婚する証は残しておきたい。当たり前の気持ちだろ?」

「人間ならな」

「俺だって……百歩くらい譲れば人間だろ?元人間だし」

「人間だった記憶はないんだろ?」

「ない、とは言わない。思い出したくもないだけで」


クリストファーのそんなことを聞いたのは初めてで、僕は面食らってしまった。


「お前だけに言う。俺は生贄の儀式で生き埋めにされて、それでも抜け出したくて足掻いている時に、そんな姿が美しいとジュヌヴィェーヴに吸血鬼にされて救われた」

「しっかり覚えてるじゃないか」

「その後は…俺は村の人全員を吸い殺したらしい、としか。…100年分記憶はなくなるからな。俺は恨んでいたらしいぜ、俺を殺そうとした村人たちを」

「それがジヌビエーンの真相か?」

「そう思うぜ。気に病むようなタイプの子供には、ジュヌヴィェーヴがやったと伝えるらしいから。俺はこういう性格だからな、自分がやったって聞いた方がスッキリしたな。まァ、俺も…同じように同胞に捨てられたり、処刑の対象となった可哀想な子を選んで転生させていた。そういう子でないと立派な吸血鬼になれず、吸血鬼擬きで終わるからな…」


吸血鬼の告白に驚いて、僕は何も言えなくなっていた。


「それからもう一つ。ジュヌヴィェーヴは、俺には未来を見る力がある、と言った。たまに危機や転機が迫っていることを予期する程度にしか使えねェけど」

「未来?」

「俺はジュヌヴィェーヴの監督の元、一度だけ遠い未来を見たことがある。その時に見たことをずうっと忘れていたが、昨日思い出したんだ。俺はあの時ウェンディに呼びかけられている自分を見た。そしてあの時、ウェンディに恋をした」

「何百年前の話だ」

「分からない。覚えちゃいないさ、正確な歳なんて」


クリストファーはへらりと幸せそうに微笑んだ。ウェンディという存在が生まれる何年も前からウェンディに恋をしていた、なんて聞かされてしまうと僕の恋はなんて小さいのだと思わされてしまう。そんなことは決してないのに。


「でもウェンディに会うまですっかり忘れてた。俺は自由気ままで気まぐれな吸血鬼だと思ってた。ウェンディに俺の自由の翼は不躾にもがれて、今じゃ飼い犬さ」

「ウェンディの偉大さがよく分かる。石像でも作ろうか?」

「やめろ」


奇しくも僕の昨日の告白と似ているのも気になって、僕は話題を逸らそうとした。


「それに君を飼っているのはウェンディだけじゃないだろ。僕だって飼い主だ」

「もう飼われてる意識はないな」

「僕だって心臓を返してやりたいさ」

「無理なことを言うなよ」

「そうだね、不可能だ。僕はこれ以上力を失えない」


心臓を返せば、僕の魔力は半分以下になる。クリストファーの助けがあってこその実力だから。そうなってしまえば、タバサの隣に立つことはもうできない。


「いいぜ、預けておいてやるよ。お前の寿命までな」

「うん、ありがとう。僕は君一筋だから他に悪魔は従えないよ」

「気色悪いこと言うな」


と言いつつもクリストファーは嬉しそうに笑った。話の終わったタバサとウェンディも席に戻り、ウェンディはしきりに指輪をちらつかせた。


「何話していたの?」

「今後のこと」


僕が訊ねるとタバサは素っ気なく返した。


「ウェンディ、ここを出るって」

「屋敷を出るってこと?」

「そう。新婚になるから」


タバサは嘆息しているが、ウェンディは上機嫌だった。


「クリストファーと2人きりで過ごしたくて!」

「てことはオッケー貰えたんだな?」

「はい!」


クリストファーとウェンディは顔を合わせて笑った。


「アイザックお兄様に秘密にしたかったのに、お姉様ったら」

「何故?」

「クリストファーから言ってもらいたかったのです」


ウェンディはくすくす笑った。


「だってクリストファーとアイザックお兄様は兄弟になるでしょう?」

「……複雑だなあ」

「あら珍しい。困った顔のお兄様を見るなんて」


ウェンディは嬉しそうにそう言って、クリストファーに寄り添った。


「私とクリストファーを、お姉さまが認めてくれて本当に嬉しいのです」

「認めたわけじゃないが、諦めたのさ。お前がアイザックを一生好きでいるよりは建設的だと思ったから」

「安心してくださいませ、お姉様。私はクリストファーしか見えていません」


タバサは形の良い唇を尖らせた。

上機嫌のウェンディは薬指をちらつかせてはくすくす笑い、幸せそうなクリストファーが彼女を支える。



(この時が一生ならいいのに)



僕は柄にもなくそんなことを思いながら、珍しく自然に微笑んだ。












「おい笑えよふざけんなコラ能面」

「悪いね生まれつきなんだ」


1ヶ月後、タバサが休みを取った。その日に合わせて僕とタバサ、ウェンディとクリストファーは集まり、絵描きを呼んで4人揃った絵画を描かせているところだった。

クリストファーは庭の明るいところを舞台にしたがったが、もちろんクリストファーは遮光フードなしには出られないから諦めさせ、室内でスケッチをさせた。絵になるときは外の明るい薔薇園の背景を描くように依頼している。

ウェンディは赤い指輪が見えるように手を不自然に前に向けているが満面の笑みだ。タバサも上機嫌で微笑んでいた。クリストファーは嬉しそうなウェンディを見て眦を下げている。そして、クリストファーの指にも指輪が嵌っていた。シンプルな黒っぽい指輪だ。ウェンディからのお手製の贈り物で、なにやら複雑な魔法が込められているらしい。

僕だけがいつも通りの真顔だった。クリストファーに怒られているが僕はいつも通りの返事をする。


「笑った顔を描いておきますね」


絵描きに気を遣われてしまった。

クリストファーは笑い転げ、ウェンディもつられて笑う。タバサも我慢しきれず吹き出した。


「僕は自分の日記に、アイザックは笑わないやつだった、とちゃんと残しておいてやるよ」

「読まれることが前提なのか、その日記は」

「うん、魔法の基礎理論とか僕が開発した魔法とか色々タメになる情報付きで僕の半生を綴ってある。みんなに読んでもらおうと思ってね」

「前半だけで本を作れば良いのに」

「特異体質の妹を持ち、魔法に失敗した僕の人生だ。みんな僕を反面教師にしてほしい」

「参考になるのは後半だけだな」


今のタバサを形成したものは間違いなくウェンディへの愛と嫉妬心、そしてウェンディを救いたい一心で失敗した魔法による副作用だろう。僕はタバサの人生の副産物で、本流ではない。


「最愛の人だったと残してくれたら、それ以上に嬉しいことはないよ」

「うん、もう書いてる」


タバサは少女の甘い笑顔を浮かべた。

僕は心臓がどきりと高鳴ったのを隠すために、真面目くさって絵描きに向き合う。


「紛れもなく、君は僕の一番大事な人だからね」

「お姉様がデレた」


タバサの素晴らしい台詞にウェンディが茶々を入れた。タバサは頬を赤らめたが、ウェンディに言い返さなかった。令嬢らしくない言葉遣いはまたクリストファーに教えられたのだろう。


「次は結婚式だね」

「うん、恥ずかしいな。次期当主の僕はお披露目をしないといけない…馬車で引き回しの刑だろうな」


タバサは恥ずかしいと言いつつもはにかむ。


「クリストファー、今日も幸せか?」

「あったり前のこと聞くなよな。俺はウェンディと一緒に居られるなら幸せだし、そこにお前とタバサがいればより良い」

「君の幸せに僕たちも含まれていて光栄だよ」

「俺の幸せの定義はウェンディも幸せであること、が含まれるからな」


クリストファーはウェンディの頭を撫でながらにやりと笑った。


「私も日記をつけますね。強くて厳しいけれど妹想いで頼れるお姉さまと、器の大きな優しいお兄さまがいて、どんな時でも私を愛してくれる素晴らしい伴侶を得たと、まずは冒頭1ページに書きましょう」


ウェンディがそう言うと、タバサは無邪気に笑い、クリストファーはウェンディを抱きしめた。



このときは一枚の絵画として永遠となった。

2枚に複製され、ウェンディとタバサそれぞれの所有物となり、僕とタバサの寝室、ウェンディとクリストファーの家のエントランスにそれぞれ飾られた。



それは長い長い年月、僕たちが死んだ後も、クリストファーは大事に大事に飾って見つめていたという。




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