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七人寄れば姦しい  作者: 二番
12/15

イレギュラー

 仕事を終えてビルを出た後、学年主任に掛けた暗示を解く奈瑞菜を中庭に置いて僕と影丸は格技場に繋がっている渡り廊下を歩いていた。その途中、僕の制服のポケットからマナーモードの振動が伝わってくる。スマートフォンを取り出すと液晶にはテレフォンマークと菘の名前が表示されていた。


『畦倉くん?』


 その電話の声は菘のものではなかった。Cグラウンドに向かった一人である諜報部隊の神宮寺さんだ。 


「そうだけど、何か有ったのか?」

『今さっき分かったんだけど、Eクラスの男子代表が格技場にいるみたいで………』



 神宮寺さんによるとEクラス間で代表が未だグラウンドに来ていない、格技場からここまでどれくらい掛かるのか、試合が終わるのはいつなのか、等と会話が行われているのを聞き付けたらしい。


「なるほど、そっちのEクラス生徒に動きは有るか? 移動する気配が無ければ引き続き待機を頼む」

『うん、大丈夫だとは思うよ。人数もあれから変わってないし………でもその男子代表も含めて8人が自由なわけだから不戦勝はちょっと危うくなったかも…』


 その通りだ。Cグラウンド以外には連絡が伝わっているためその8人は格技場に試合場所が移ったのを知っているはずだ。試合開始時間までに五人以上集まっているだろう。


「そうだね。今、影丸と格技場に向かってるから。こっちで何とかする」


 そう言い捨てて通話を切る。何とか………その男子代表さえ参加させなければ不戦勝となるわけだが、しかしその男子生徒を見分ける術がない。


「…………生徒手帳、使えるんじゃないか?」


 隣で通話の内容を聞いていた影丸がそんな事を言う。生徒手帳………珠洲が持っていたあの手帳の事か?


「Eクラスの委員長だったあれか? だけど格技場で何か試合を行ってるって聞いた。確か部活には入ってなかったぞ」

「………確かに部活には所属していないが、週末に柔道クラブに通っているらしい。学校の試合に参加することも度々有る、それが正しく今日なんだと。そう連絡が入ってきた」



 影丸は淡々と説明する。確かに辻褄は合うがソイツが本当に代表生徒なのか未だ分からない。


「それは格技場で行われている試合か?」


「………ああ。試合が終わる時間は13時程度だったと思う。元々、遅れてメンバー交代で参加する予定だったんだろう。情報によるとコイツもバレーについては特筆に値する実力者だ。試合は避けるのが無難だな」

「なら、急いでなんとか20分までソイツを僕達で食い止める他無いな………」

「………ああ」


 いつの間にか走り出していた僕達は1分と掛からず格技場に到着した。辺りは溢れんばかりに人々が右往左往している。ここから人探しなんて難易度高過ぎるぞ………。


「影丸、バレーコートの位置は分かるか?」

「………すぐそこだ。案内する」


 自ら船頭を切って出た影丸の後を追従するように付いていく。数メートル歩き、人混みを掻き分けると整備されたバレーコートの両側にクラス別で待機しているのを見つけた。やはりEクラスは五人以上既に揃ってるな。数にして6人、その中に例の生徒手帳の代表生徒候補は居ない。


「居ないな」

「…………ああ」


 それを確認して柔道の試合が行われているであろう翠感測定を行ったコロッセウムさながらの建物の有る方向につま先を向けると、僕の視界を見知った顔が横切った。


「あ、マスター丁度よかった」


 水色の髪が特徴的な彼女は僕を見つけると側に駆け寄ってくる。


「珠洲、何かは知らないが後にしてくれ。今からEクラスの代表生徒を捜さなければならないんだ」


 既に13時は過ぎている、急がなければならない。


「それって生徒手帳の?」

「ああ、知ってるのか?」

「確信は無いけど、たぶんそう。さっき入ってきた菘からの連絡と朝、制服を返しに行ったとき聞いた柔道の親善試合に出るって話が重なったから、そうなのかなって」


 現在、格技場で行われているのは柔道の親善試合だけらしいからな。その判断は正しいだろう。


「もう五人以上生徒が揃ってるしその男子代表が来たら不戦勝は出来ない。だからその男子を止めようと思ったんだけどマスターが居るなら大丈夫そうだね」


 そう言って珠洲は僕に笑顔を向ける。そんな期待を寄せられても困るなぁ。何事にしても期待されない方が気楽でよっぽど良い……が、まあ努力はする。


「期待はすんな。それよりも早く行くぞ」



 やり取りを聞いていた影丸が先に目的地に向かって歩いていく。僕がそれを追うと後ろから珠洲が隣にやって来た。


「マスターは向こうに行って20分まで足止めする作戦が有るの?」


 珠洲からそう問われる。


「策は何も無い。まあ向こうに着いてから考える」

「楽観的だなあ、拉致とかしないでよ。規則に引っ掛かかるから」

「お前が言うのか………」



 風呂から拉致された挙げ句女装被害に有った思いでが脳裏を過る。件のEクラス生徒にしたってそうだ。


「大丈夫。シラフの時はしないから!」


 ウイスキーボンボンひとつに含まれるアルコールで酔える精霊のその台詞に背筋が凍る。それにコイツはシラフでも拉致くらいやりそう。というか未成年が何言ってんだ。


「へーへー。その生徒手帳の生徒は大根食った時だったからシラフでは無かったのね」

「そうだよ」


 まあ今回はそのお陰で代表生徒が絞り込めたわけだが。


「柔道、柔道ねぇ………」


 柔道。柔らかいとか言ってるくせに当て身技の有るどっち付かずの武道だ。最近はスポーツ化のため当て身は禁止されているが男同士でくんずほぐれつする様は個人的にあまり良い心証は受けない。全国部活動別死亡事故なんかもトップクラスだと統計に出ていてそれも相まって僕の中の評価は低い。ちなみにその統計の最下位は麻雀部である。なんで死亡事故起きてんだよ。

 …………まあ、それはさておき足止めね…。どうしたものか、珠洲に何か出来るわけでもなし、影丸も影からの干渉は出来ない。奈瑞菜が居れば命令して済むことなんだけど。暗示解くのにあと10分は掛かる。そんなもの待っていたら13時20分なんて過ぎてしまう。


「珠洲はまだ生徒手帳持ってるか?」

「持ってるけど?」


 ということは手帳を渡す事を口実に奴に近づけるというわけだ。しかし、それからどうするか………。審判に不正が有ったことをでっち上げて時間稼ぎなんてどうだろうか。しかし信憑性が無いとな。悪戯だと思って耳を貸さないだろう。ん? いや、やりようによっては………。


「……何か悪いこと考えてるね」


 顔に出ていたのだろうか。珠洲が訝しげな視線を僕に突き刺す。そんな視線を振り払うかのように前へ進んでいると、


「………着いたぞ」


 影丸が振り返って僕らにそう伝え、前方の畳の敷き詰められたコロッセウムのような設備に向き直った。その中は傍目にも分かるほどの熱狂ぶりがその轟く歓声から窺える。まだ試合が終わっていないのだろうか。

 そんな疑問を抱きながら中へ進むと、今まさに僕らが捜していた生徒が柔道部員と相対していた。


「………試合終わってなかったんだ」


 だが、じきに終わるだろう。僕らの視線の先では柔道部員だと思われる相手が襟を掴んで押したり引いたり足払いを行い件の生徒が崩れたところに大外刈を仕掛ける―――――が、相手が技を掛けるため前屈みになった瞬間、Eクラス生徒……(思い出した、岩下郷田だ)の足が相手を絡めるようにして畳に叩き付ける。叩き付けられた相手は右腕を完全に極められていた。跳び付き腕挫逆十字固である。


『一本!』


 そのまま相手がタップせず30秒が過ぎ、審判の宣告が高らかに告げられた。


「派手な技。それでマスターはここからどうするの?」

「………今からでもアイツは試合に十分間に合うぞ、畦倉。どうするんだ」


 見事なまでの一本を見終えると二人がそう言って僕に視線を浴びせる。あまり気乗りはしないが仕方無いかな。20分までここに留めておく方法、少々卑怯だが一応その方法は存在する。


「まず僕と影丸は翠感で珠洲の影の中に入る。そのあと珠洲が生徒手帳を返すために近づくんだ。後は僕が行動を起こすから合図したら影丸は僕を珠洲の影に引きずり込んでくれ」

「行動というのは?」


 珠洲が不思議そうに首を傾げるが僕はそれを目にも止めず挨拶を終えて自陣に戻っていく岩下を見ていた。


「説明してる時間は無い。着替えて此処を出られたら終わりだ」

「………把握した」


 影丸が呟く。直後、珠洲の影の中にその身を委ねた。


「あれ!? マスターと影丸君は?」


 刹那の間に姿を消した僕と影丸を捜すようにキョロキョロと首を動かす珠洲。動揺するのも無理はないだろう。


『珠洲、大丈夫だ。いいから岩下のところまで前進してくれ』

「え? マスターもしかして影の中って………そういうこと?」

『そういうことだ』


 そうしてようやく状況を理解してきた珠洲を急かす。彼女はその足を進めだした。僕らと岩下との距離はおよそ十メートルほどだ。珠洲は履いていた靴を脱ぐと靴下で畳に上がる。ちなみにニーソではない。そのまま柔道部員が集まっている場所に真っ直ぐ進み、


『あの………岩下くん?』


 僕……いや、珠洲の視界は今ほど試合を終えて汗まみれのその男に焦点を当てていた。


『あ、珠洲さん! ど、どうされました?』

『生徒手帳渡すのを忘れてて…ごめんね岩下くん』

『いえ滅相もないです!』


 この反応………コイツ珠洲にトラウマを植え付けられたか? それとも目覚めたか?


『あはは。もうあんなこと絶対しないからそんな身構えなくてもいいよ』

『え? も、もう、してくれないんですか?』


 どうやら後者だったようです。


『なに? して欲しいの?』


 おい待てスイッチ入れんな。誰も得しないから。


『……は、はい………して欲しい、です…』

『何を? ちゃんと言って?』

『こ、こんなところで………!?』

『言わなきゃやってあげないよ』


 SAN値が、SAN値がヤバい。どれくらいヤバいのか? ヤバいだけで会話できる女子高校生の脳みそくらいヤバい。

 このまま聞いていたら脳細胞が破壊されかねないのでそろそろ実行に移ろう。


「影丸、今から僕を外に出したらその後すぐに戻してくれ」

「………了解」


 …………突然だがムチンという成分をご存知だろうか? ムチンとはタンパク質と糖類が結合したもので、人の身体にも良い影響を及ぼしてくれる、と言われている。

 例えば、胃の壁を覆う粘液に含まれていて、強い酸性物質である胃酸から胃壁を守っていたり、また、目や気管、腸などの表面を潤して正常な働きを促す粘液の主成分でもある。このため、ムチンを含む食物を習慣的に食べることによって、タンパク質分解酵素を持つため、タンパク質が効率よく消化・吸収され、疲労回復に効果が得られる。粘膜を保護するため胃腸の調子が整えられる。抗ウイルス作用、細胞を活性化。

 またムチンを含む食べ物としては山芋・里芋・オクラ・レンコン等が挙げられ翠感でムチンを使用することも珍しくない。


 僕はそのムチンを大量に含んだ粘液をそっと分からないように岩下の道着の襟に塗りつけた。それは汗とまざり遠目にも分かるほどぬらぬらとしていた。

 そして影の中へ避難。


「………畦倉、お前何したんだ?」

「時間稼ぎの下準備だよ。ほら前に居ただろ? 世界大会で道着にクリーム塗りたくって優勝した選手。あれあの後、批判殺到して反則扱いになったんだ」 

「………つまり審判に告げ口して審査で時間稼ぎというわけか」

「ご名答。勿論あとで疑いは晴らすけどな。後は珠洲に何とかしてもらえば丸く収まるだろ」


 岩下の珠洲への盲信ぶりは目に余るものが有るしな。


「というわけで影から出るぞ」

「……ああ」


 さっきは群がる柔道部員の合間から一瞬出ただけなのであまり人目に付かなかったが、そんな配慮もなく無造作に珠洲の影から出たせいで、二人の男が急に登場したことに周りが目を見開いて驚いていた。


「審判は……彼処か」


 枠線で囲まれた畳の上で二人の審判が何やら談笑しているのを確認。僕は影丸とすぐにその場へ駆けていった。



「あの~すいません」


 おそるおそる審判に近づきながら審判の会話に割って入る。


「おいおい、入ってきちゃだめだよ」

「戻りなさい」


 怪訝な面持ちで僕と影丸に審判は注意をするが僕らは意にも返さず存在しない問題を提起した。


「………さっきの試合だが」

「見るからに不正が有りましたよね?」


 その台詞に審判は顔をしかめる。根拠の無いいちゃもん付けられたら誰でもその対応は面倒だろう。その反応は当然だ。



「不正って……具体的に教えてもらえる?」

「襟ですよ。襟、滑りやすいように何か塗ってあるんです。遠目にも分かりますよ」


 そう伝えるが審判の面持ちは依然と変わらない。


「いやいや、試合前に反則していないかチェックしているし。それにこれは親善試合だ。そこまで勝ちにこだわる必要もないだろう。君たちの見間違いじゃないのかい?」


 僕らはその正論を受け止めてなお、悪態を続ける。


「………チェック後に塗った可能性も有る。それに親善試合と言えど反則するスポーツマンってのは少なからず要るぞ。メリットなんて無くても勝ちを優先するやつがな」

「……そうかもしれないが、チェック後に塗ったというのは有り得ないだろう。チェックは試合に上がる直前に行う、その時クリームの類いなんて持っていなかったし体にも付着していなかった」

「それはおそらく翠感で試合の最中に付けたんでしょう」


 僕の言葉に審判は呆れたように肩をすくめた。


「翠感なんて使おうものなら翡翠色の光ですぐに分かるさ」


 一向に終わりの挨拶が行われない事に疑問を抱いたのか観客や柔道部員が会話をしながらも此方に注目しているのが分かる。そんな中、僕は翠感を使用した。


「そうでもないですよ。ほら」


 一切その翠感を使用する予兆………つまりは翡翠色の光を見せずに畳の上に一株の植物を生やす。一瞬の内に生い茂った葉からは柔軟そうな双葉の付いた茎が伸びていて、その頂点には子羊が実っている。その異様な姿を呈した植物に審判だけでなくその場に居るものが皆、驚愕していた。


「「バ、バロメッツ………!」」



 バロメッツとは伝説の植物のひとつである。やはり一番の特徴は実った子羊だろう。この子羊は肉と血と骨を持っていても、生きてはいない。しかしながら、伝説では羊の入った実が熟して割れるまで放置しておくと、生きたまま顔を出す。羊は鳴き声も出すし、茎と繋がったまま木の周りの草を食べて生きる。しかし、草がなくなると、やがて飢えて木とともに死んでしまうのだとか。

 ちなみにこの伝説の発端はヨーロッパ人の誤解だと言われている。木から木綿が取れると聞いた当時のヨーロッパ人が(木綿を知らなかったため)、それをウールと間違えた事から広まった伝説らしい。


「……君もしかして『管理者』の畦倉雅明くんか?」


 審判の質問に僕は首を縦に振って話を戻した。


「見た通り調整が上手ければ翠感を気付かれず使用することは出来ますよ」

「し、しかし、翠感と言うが具体的にどのような?」

「それは分かりませんが例えばムチンを含んだ粘液とか」


 いつものように嘯く。


「なるほど、そうだな一旦確認してみよう」


 それを聞いた審判の一人はそそくさと岩下の下まで向かい一緒になって戻ってきた。事態の飲み込めなていない岩下は僕達を前に首をキョロキョロとさせている。


「すまないがちょっと確認させてもらうよ」


 そう言って審判が岩下の道着の襟を触れる。すると僕の仕込んだ粘液が審判の指に付着した。


「これは黒だな」


 審判を務める教師が言う。


「え? なんですかそれ」

「しらばっくれるんじゃあない。岩下くん今から指導室に来なさい」

「いや待ってください。バレーの試合に出ないと! 俺、代表なんですよ!」


 抵抗するものの教師にガッチリと腕を掴まれて連行されていくその姿はなんとも哀れだった。それを見送っているとピロリンとスマホにメールが届く。通販サイトjungleからの発送メールかな? と、その詳細を開くと珠洲からのメールだった。ちなみに珠洲には影から僕らが脱したあとバレーコートまで戻るように言ってある。


「内容は………っと」


 それを確認して隣の影丸に見せる。それは僕らBクラスの不戦勝を知らせる報告だった。尊い犠牲の上に成り立った勝利だ。辛勝といったところだろう。……そうだな、後は岩下のフォローでもしておくか。


「すみません」


 残った方の審判に話し掛ける。


「今の全部嘘なんであの粘液も僕が付けただけだし彼は無実ですよ。じゃあそういうことで」



 そんな捨て台詞を残して去っていく僕と影丸の後ろで審判の怒声と羊の鳴き声が辺りに反響していた。



 【2回戦 BクラスーEクラス 種目:バレー】


  勝利:Bクラス

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