三話
僕は気がつけば暗闇の中にいた。真っ暗闇の中。何も見えずに、ただボンヤリと光る幸せを探していた。
けれど、見つからなかった。
僕なんかには幸せなんか訪れないのだと、神が嘲笑っているようにも思えた。寂しかった。苦しかった。
ごめんね、なんてこんな僕の謝罪を必要としてないだろうけど、口から漏れたのは彼女への謝罪の言葉だった。
安直で、嫌になる。
暗い、暗い、ただの闇が狂わせるのか。
彼女はこんな暗闇で過ごしてたのかと思うと、申し訳なくなって罪悪感で胸が潰れた。頬を涙が伝って落ちて、闇を更に暗くさせた。
それが夢だと分かったのは、重い瞼が開いたと同時に窓の隙間から鈍い光が入り込んで来た時だった。
しかし、夢の中も現実も然程代わりはない。明かりがあろうと、太陽が照らそうと僕の心は曇ったままだ。彼女が、僕の空間からいなくなってしまったあの日から。
彼女は僕のオアシスだった。
美しくて、儚くて、この国の中で唯一の純粋なる存在。それがあと十数年もしたら汚い世の中を見て、穢れてしまうなんて勿体ないと思った。
僕は行動していた。
国の頂点に位置する人間の娘を、ただの城の冴えない従業員が拐っていった。と、世間では言われたが、僕は彼女を救ったのだ。穢れないように、純粋なままでいれるように。当然僕と彼女は指名手配された。この国の端に逃げても見つかるような気がして逃げて、逃げて、気がついた時にはこの森の中にいた。
もう、僕らの招待を知る奴はいないことに安堵した。しかし、彼女は知らない者でも幼いというのに圧倒される美しさがある。
そんな彼女を野放しにしたら、狼のような奴等に奪われてしまうかもしれない。僕は怖くて彼女を閉じ込めた。窓なんてない。僕が出入りするためだけの扉だけ装備された、牢屋のような空間の中に。
しかし、僕は彼女を嫌いで閉じ込めたんじゃない。むしろ好きだからこそ彼女を僕の側に置いた。いつ見つかって殺されるか分からない未来に怯える日々の、オアシスとなった。十も歳下の女の子に恋するなんて、可笑しすぎる。それも、この国の姫である彼女に。
僕の人生は滑稽だ。
彼女を連れ出してここに閉じ込めたことにはなんら後悔はしていない。予想以上に彼女が抵抗したり拒絶しなかったどころか、当初は見慣れない空間に喜んですらいた。
安堵した。それと同時に、怖くなった。彼女は姫でうんと美形の王子と結婚する未来が待っていた。それなのに、異国の人間に連れ去られるなんて悲劇を僕が産み出した事実に。
僕が捕まっても彼女が一人で生きていけるように必要最低限のことを教えた。本を読ませ、料理を教え一人前にした。でも、僕は彼女が自立するほど寂しくなった。なんて、なんって、身勝手なんだろうか。
僕の勝手で連れ出した挙げ句に、自分に不釣り合いだからと追い出した……もう、あの日から二年も経つ。一度だって彼女のことを忘れた日はない。彼女なしで生きるのはあまりにも辛くて、何度も死のうとしたがもしかしたら彼女に会えるかもしれないと期待して死ぬのを諦める。
こんなに後悔するなら、あの時あんなことを言わなければ良かった。彼女の後ろ姿を眺めて、生唾を飲んでいる暇があったら謝って戻ってもらえば良かった。あの城の使いをブッ飛ばしてでも連れ返せば良かった。
すれば、したら。なんて仮定の話はもう僕には意味がない。僕の目の前に広がるのは、ただの無。彼女と過ごした輝いていた日々を振り返っては、縺れながらも無に進む。
「やっぱり、貴方は私がいなかったら駄目になると思っていたわ」
彼女の声だ。彼女のことを思い過ぎて夢に出ることはあったが、幻聴が聞こえるのは初めてだ。僕はもう死期が近づいているのか?
「シュウビ=クラウド。貴方のことよ?」
僕の名前だ。まさか、そんな、まさか。彼女が僕の名前を知っているはずがない。教えてもいないし、彼女がここにいるはずもないから、やはりこれは幻聴か。
僕にとって都合の良い、幻聴。
「もう、忘れてしまったの?」
僕の頭はどうしようもない位に狂っているのだろう。幻聴だけでなく、幻覚も見え始めた。
彼女が僕の唯一の拠り所の布団をひっぺがし、無理矢理僕の両頬を押さえて彼女と向き合う形で固定させられた。幻覚はヤケにリアルで彼女と会えなかった二年間の月日を、それ相応に過ごしたであろう美しさを持っていた。成長していた。王族の衣装に身を包んだ彼女は悲しくも、言葉に出来ない美しさだった。
「あ、……ア……」
アメリア。と、彼女の名前を簡単に呼ぶ資格は僕に与えられているはずもない。僕は彼女を連れ出したあの日から一度も彼女の名前を呼んだことはない。呼べるはずがない。神聖なる彼女の名前を、罪人となった汚い僕なんかが。
「ああ。もう、焦れったいわ。簡潔に私が伝えたいことを話すからよく聞くのよ?」
「……ああ」
「私は貴方を誘拐しに来たの」
…………は? と、思わず言ってしまう。いくら彼女に会いたいと思ってたからって、僕を拐いに来てくれる幻覚を見るだなんて、僕は精神が崩壊してしまったんじゃないか? 彼女渇望症か? そんなん聞いたことないけど。
「監禁場所は城よ。ほら、早く準備して。貴方は今から私に誘拐されるのよ?」
「いやいやいやいやいや。ちょっと待って。僕の幻覚よ。さすがに彼女に会いたいけど、城まで行くと僕が捕まるし彼女に迷惑かかるから止めようか」
「幻覚? ああ、だからそんな惚けた顔をしていたのね。幻覚じゃないわよ、ホラ」
そして、彼女は僕に顔を近づけて。柔らかい唇を頬に押し付けた。ちゅっ、と可愛らしい音を他人事のように聞きながら、今にも乾きそうな程に開かれた目をギョロギョロ。伏せ目がちに僕から離れる彼女を、乾いた目が捉えた。 彼女の頬は桃色に染まっている。まさに照れているかのように。
いや。そんな夢みたいなことが現実とか信じられないです。
「やっぱり、幻覚だ。それもとびきり高レベルな」
「何で信じてくれないのよー! もう、こうなったら最後の手よ。猫さん、入ってきて!」
「「「ハッ!!!」」」
何処に隠れていたお前たちとでも言いたくなる程多勢の黄色い髪の男たちが、僕の聖地である彼女の過ごした部屋に入ってきた。乱暴に踏み荒らすのをただ傍観しながら、ここは地上四十メートルはあるのにどうやって入ってきたのだろうか。と考えた。
「軽く縛って馬車に運んでおいて。私はあの人の荷物を纏めるから」
「え? ちょっと、待って。何で、そんな、急に話を進めて、え? これが現実なの? 本当に?」
彼女の指示通り僕はぐるぐる巻きにされながらも、彼女にすがった。すると、彼女は僕に素敵な笑顔を返した。
「ごめんなさい。二年前、貴方に追い出されてから貴方ともう一度過ごす日の為に頑張ってきたの。私がこうなったのも全て貴方のせいなのよ?」
「僕のことを嫌っているのか?」
「まさかそんなはずないわ。私は城に戻ったのは、今よりずっと可愛くなって貴方に捨てられないようにするため。でも、また捨てられるのが怖かったから今度は私が監禁することにしたのよ」
「つまり、それは……」
「ええ、貴方のことが好きなのよ」
そうとは思えない仕打ちを行おうとしてますけど、と反論しようと思って気がついた。彼女の行動が僕とそっくりなことに。彼女が六歳の時に、彼女を好きになって連れ出した僕。大きくなって僕を好きになって監禁する(しようとする)彼女。
お互い、似ている。
自然と笑みが溢れてきた。視界が明るい。これから僕は監禁されることになるのだけど、監禁から始まった僕らの壊れた関係はこれで良いのではないだろうか。
ああ、僕は彼女への教育を間違えてはいなかったようだ。
お付き合いありがとうございました。
あのイラストの黄色い髪の少年は猫さんです。後ろの青い髪の少女は、主人公であるアメリアです。結果アメリアと結ばれることになったシュウビはあのイラストには出ていません。
あの素敵なイラストの通りに行きたかったのですが、気がつけばこんなことになっていました。ごめんなさい。
最後に、参加させてくれてありがとうございました。