27・村へ
「え?」
「え?」
ミアちゃんは私の質問の意味が分からないようだ。
毎度おなじみ、例のぽかーん顔になった後、途方にくれたような風情になった。
「え……と。ミィハ様はミィハ様で……ミィハ様だから……」
あかん。
これはあかんやつや。
「あー、うん。
じゃ、なんで私のことミィハって呼ぶのかな?
ハルカとかで全然オッケーなんだけど」
「え?……えーと、ミィハ様はミィハ様だから?」
「うん。はい。分かりました」
だめだ。
ミィハ様とやらについてはミアちゃんたちの村に行ってから、誰か大人に聞いた方がよさそうだ。
「それじゃね、村には何人くらいの人がいるかは分かるかな?
大人と子供の数は?」
「え……と。ごめんなさい。
あたし、数がかぞえられなくって……」
「そうか。それなら一人一人、顔と名前を思い浮かべられるかな?」
「ええと……おじいちゃんとお母ちゃんと」
「それからジーナおばちゃんでしょ、ドナでしょ、デミルでしょ」
総括すると人口18人の村とのことだ。
内訳は成人男性3人、成人女性10人、残りが子供で、最年少の子が5歳。
(男性3人!)
予想していたが少ない。
戦とやらで人口を削られてしまったのだろうが、それにしても少ない。
家畜は2頭の羊以外になく、他は耐えかねて食べてしまったらしい。
穀物の備蓄は尽き、麦と大麦の種籾だけは死守しているが、随分量を減らしてしまったとのこと。
飲み水は近くの川と湧き水を使用している。
川は小魚も取れないほど浅い小川らしい。
紙に鉛筆もどきでメモをしながら(ミアちゃんたちが目を丸くして見ていたがスルーさせて頂いた、ごめんよ)今日のうちに準備を終え、次の日には出発することを決めた。
大量に荷物を運ぶため、急ぎ荷車を作る。
ミアちゃんたちにジャガイモとトウモロコシ、サツマイモの下ごしらえ作業を頼んでいるうちに、城塞の外でアニマルチェーンソーを使って木材を用意、本を片手に急いで組み立て、とりあえず完成。
さらにごく小さな釜を作ることにする。
初期に城塞の中に作った、粘土と石の単純な日本古来の釜である。
それを平たい石材の上に作ってしまって、後は移動させるだけという状態にしておく。
食料やDIY道具、農具、ストックしておいた廃材や他道具各種を積み込む作業もミアちゃんたちが手伝ってくれて短時間で終わった。
次の日は久しぶりに晴れ。
南の空に下弦の月が三つ。
雪と青い空の上に、白くくっきりと浮かび上がった。
「よし、行くよ」
「はい、ミィハ様!」
ミアちゃんたちがはつらつと答える。
やっぱり我慢してたんだなあ、いい子たちだなあと感じ入りつつ、この日はトウ君とホクちゃんにお供をお願いする。
トウ君には水を見てもらいたいし、、ホクちゃんにおいてはものすごおおく一緒に来たがったためだ。
イノシシのコートとポンチョはミアちゃんとアトル君にそれぞれ着せ、私自身はいつもの赤いチュニックにグレーのフリースに黒いダウンジャケットという出で立ちだ。
念のために小太刀も持っていく。
子供たちには例によって目を閉じてもらい、巨鳥になったトウ君とホクちゃんが荷車をくちばしに咥えて上空へ移動。
シュールだ。
しかし竜と大蛇に咥えさせて空を飛ぶよりマシである。きっとそうだ。そう信じる。
鳥なら目撃されても突然変異なんです、そういうこともありますよ、となんとかごまかせるかなーと浅はかに考えた結果がこれだ。
しかしかなりの無理があるということも重々承知している。
なので極力、目撃されないように注意して行く。
目撃されても
「あれ?なんかでかい?でも遠いから見間違い?」
と思ってもらえそうな高度を進んだ。
高山病にならない程度、しかし蚊も飛んでこれない程度の高度である。
それほどの高度に上ると、随分遠くまで景色を見渡すことができる。
濃い緑と雪の白い色の混じった深い森。
雪をかぶった長大な山脈。
さらに向こうにはなだらかな平原、豊かな水量をたたえた河川。
美しい所だ。
突然、猛烈に、もっと全体を見渡してみたいという衝動が沸き起こった。
ここはどんな形の、どの程度の大きさをしている大陸なのか。そもそも大陸なのか。
(もっと上に上がれば全部見えるかな)
『全部見たいの?もっと上に上がる?』
(いやいやいやいや上がらないでッ死ぬからッ大陸全部見渡せるくらい上がったらデスゾーンに突入して死ぬからッッ……でもデジカメとか持ってればよかったよ、そうすればホクちゃんたちに撮ってもらえたのに)
『母上、絵ではだめなんですか?
上から見て私たちが紙に写し取ってくるのは?』
(あ、その手があった)
アニマル衛星きた。
大丈夫、慣れた。ツッコまない。
(今は急いでるから、余裕ができたらお願いするよ)
『はい、母上』
後になって私はこの時、多少無理をしてでもすぐに頼めばよかったと後悔することになる。
しかしその時点ではそんなことになるとは露知らず、とにかくひたすら南目指して飛ぶことを優先したのだった。
やがて森が切れ、開けた台地が見え始めた。
はるか眼下にぽつねんと、茶色い土の小さな円が見える。
どうやら畑と家のようだ。
あれかな、と当たりをつけて下に下りる。
集落まで百メートル程度の場所にある丘に着地した。
丘は木々に囲まれてはいたが一部開けた場所から周囲を見渡せ、そこから集落らしき場所も見ることができる。
トウ君とホクちゃんに蒼毛と黒毛の馬になってもらった後、ミアちゃんたちに目を開けてもらう。
「あれが二人の村?」
二人は目を開き、なぜか突然現れた馬にぎょっとした後、すぐに目の前に現れた景色の方に目を奪われた。
「そうです、ミィハ様、あれがあたしたちの村です。
あの畑の横のぶどうの木はお父ちゃんが植えたんです!ここは村の近くの丘ですよね?すごいです!」
「早く村に行こうよ!」
はやくはやくと袖をひっぱられ、はいはい分かったよーとトウ君とホクちゃんに荷車を取りつける。
「でも不思議ですね、この馬、ミィハ様の馬でしょ?
ずっとついてきてたんですか?ミィハ様は動物をたくさん持ってるんですね」
「あはは、まあねー」
「おとぎ話の通りですね!ミィハ様の馬は白と黒っていうのもその通り!」
「ちがうよ姉ちゃん、ミィハ様の馬は白いのだけだよ。おいらちゃんと知ってるよ」
「それは別のミィハ様の話でしょ?」
「でも最初、クマから助けてもらった時には白い馬だったじゃん」
「だからミィハ様は白と黒の他に蒼い馬を持ってて、別のミィハ様は白い馬だけ持ってるってことだよ」
(?????????
おとぎ話?別のミィハ様??????)
ますますミィハ様とやらの謎が深くなった。
しかし私のその疑問をトウ君の呼びかけが吹っ飛ばした。
『母上、母上、この丘の下に温泉がありますよ』
(なにい!?)
『煙を出してないけど熱いのが下にある山がたくさんあるのー
この辺、他にも温泉があるはずなの』
(そか、地中深くに埋まってて、湧き出てる場所が近くにないからミアちゃんたちは温泉を見たことがなかったのか。
なら他の大きな町にならちゃんとした温泉施設があるかもしれないね)
後で掘り起こして公衆浴場を作ってやるぜいと決心して、その場はとにかく離れることにする。
荷車をがらごろと引いて丘を下り平原を進む。
村に近づくと、アトル君が声を上げて走り出した。
「じいちゃーん!母ちゃーん!」
ミアちゃんが走り出したアトル君を見て、自分も走り出そうとした。
しかし途中でぐっとこらえ、私の顔を伺い、ためらうようなそぶりを見せる。
「いいよ、行っておいで」
ミアちゃんはぱあっと表情を明るくしてアトル君の後を追って走り出した。
「あ!?ミア!?アトル!?」
「おじいちゃーん!」
畑で作業をしていた数人の中の一人にミアちゃんとアトル君がタックルするように抱きつく。
おいおい、お年寄りにそれはきついぜと思っていたら案の定、3人はもつれあうように畑の中にこけた。
「おう、いたた……本当にミアとアトルなのか?」
「そうだよ、じいちゃん!」
「ばかもんが!」
おじいちゃんは涙を流して顔をくしゃくしゃにしている。
「お前たち、どこに行っておったんじゃ?
何日もいなくなって……どれだけ心配したと思っておるんじゃ。
死んでしもうたとばかり思うておったぞ」
ううう、たまらん。
祖父母に育てられた身の上としては、この光景はたまらん。
私は辛抱たまらずそこへ近づいていって声をかけた。
「あのー……」
「ん?」
私を振り返ったおじいちゃんをはじめ、その場にいた村人さんたちは一斉に例のあのぽっかーん顔になって一時停止した。
(あ!?
しししまった、私いま、いつにも増して怪しい要注意人物風な見かけだってこと忘れてた!)
「あ、あの、私は決して怪しい者ではありません」
などという怪しい者の使う常套句を吐いてしまい、内心大いに慌てながら後を続ける。
考えてみたら、いたいけなちびっ子を親に無断で何日も拘留してしまったのだ。
現代日本だったら即誘拐犯として通報、逮捕だ。
「二人が森の中でクマに襲われている所を偶然、保護致しまして……
アトル君は熱もあって衰弱しているようでしたので、私の住居で手当てをさせて頂いておりました。
お子さんを何日も無断でお預かりしてしまって本当に申し訳ありません。
それでもし宜しかったら、村が困窮していると伺いましたので、食料などの援助をさせて頂けたらと……」
(ひいッ
ぽかーん顔がぽっっっか―――ん顔になったッッ
怪しい?やっぱりわたし怪しい?詐欺っぽい?)
「もも、もちろんご迷惑でしたら、このまま帰らせて頂きます。
それで申し遅れました。
私、八神遥と申し……」
「ミミミミミミミィハ様ッッッ!!!」
一斉に大人たちが上体を地面に投げ出し頭を下げる。
おじいちゃんに至ってはまず頭に右手の指先を付け、続いて心臓にその指先を持っていってから、その上に左の手のひらを当てるという動作をしてから地面に突っ伏した。
(ひいいッ
こ、これってわたし神様?神様扱いされてる?
ちょ、冗談じゃないよ、神様って変質者よりタチ悪いよ、ハードル高すぎるよ!)
事ここに至ってようやくそこに思い至った私はとにかく起きてもらおうと
「起きてくださーい」
とあわあわ声をかけながら一人のおばさんを起こそうとその体に手をかけた。
するとそのおばさんはそのまま、ヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
「え!?ちょ!?だ、大丈夫ですか!?」
「ジーナ!?」
私何もしてない!と思わず思ったが、ジーナおばさんとやらを見るとひどく痩せていて、ぐったりしている。
顔色が悪く見えるのは煤や土のせいだけでは断じてない。
「た、炊き出し!
炊き出しをさせてください!」
「え?は?はい?」
トウ君とホクちゃんに荷車を村の中央の広間らしき場所に持っていってもらい、釜を設置する。
まだ全然乾燥していないが、仕方がない。
髪を皮ひもで後ろでひとくくりにして、おっしゃやるぜいと気合を入れる。
村の人たちが何事かと広間に集まってきた。
その人たちもトウ君やホクちゃん、荷車や釜をみるなり、ぽっかーんとなって声なく棒立ちとなる。
どうも私を見て一番ぽっかーんとしているような気がするが、気にしない。
気にしたら、なんか何かに負けてしまうような気がする。
「おじいちゃん、お母ちゃんは?お母ちゃんはどうしたの?」
「お母ちゃんはもう歩く力もあまり残っていないんじゃ」
ミアちゃんとアトル君が律儀に私の顔を伺ってくるので行ってきな、と頷いておく。
二人は鉄砲玉のように、一件の傾きかけた、木と藁でできた家に向かって走り出していった。
鍋を二つとりだし、鍋底からこっそりとトウ君に水を入れてもらう。
何もないところからだばーっと出したら、それこそ魔法じゃーと大騒ぎになるような気がしたのである。
でもどうもあまりごまかせていないようだった。
「おお、水じゃ」
「水じゃ。どこからともなく水が」
周りがこしょこしょ騒がしい。
しかし構っていられないのでとにかく作業を続ける。
ひとつには野菜ブイヨンでトウモロコシとジャガイモのおかゆ、もう一つには昆布だしでサツマイモと豆腐のおかゆ。
ひとつまみずつ、塩で味を調える。
村人さんたちは飛び掛らんばかりの勢いで私の周りを囲み出した。
しかしトウ君とホクちゃんが体でガードして近づけさせない。
悪いがパニックになっては困るので、もうしばらくそれで我慢してもらう。
おかゆができたら荒めの綿の布でこして、重湯を作る。
持ってきた陶器のお椀に重湯を入れ、やはり用意しておいた大判の木の板の上にひとつずつ置いていく。
「まずはこの重湯から飲んでいってくれますか」
「お、おお……!」
「あ、ありがてえ」
村人さんたちは重湯に殺到し、奪い合うようにお椀を取っていく。
「ゆっくりですよ。ゆっくり飲んでいってください」
「うまい、うまい」
「こんなうまいもの、飲んだことがない」
特に大人はもう随分長いことまともなものを食べていないようで、こんな程度の重湯で文字通り涙を流して喜んだ。




