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映画『Type-Σ Life Support Unit -マック・アダソン定期総合生命維持施術-』  作者: マック アダソン
第6章:現在 ——レマン湖畔の本社とマックの生命維持統括室
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第7節:施術完了と生命維持システムの継続

――ッブォォォォォン……ッ!! ガガガガガッ、ズズズズズズ……ッ!!

すべての施術工程が終了したのちも、生命維持統括室の全域を揺るがす猛烈な機械駆動音と風切り音が弱まることは一切なかった。

マックと真っ向から向かい合う漆黒のタワーファン群と壁面サーキュレーターは、毎秒30メートルにおよぶ狂った極低温暴風を叩き出し続けている。密閉された空間内には、絶えず激しく揉みしだかれる濃密な冷気の白煙と、乱反射する鋭いダイヤモンドダストが白銀の地吹雪となって渦を巻き、視界のすべてを白く塗り潰そうとしていた。


だが、10時間に及ぶ過酷な全身交換を遂行し終えた東崎たち三人が、その達成感から即座に室内を去るようなことは許されなかった。

東崎、エレナ、ダニエルの三人は、全身を覆う重厚な霜と氷晶を叩きつける風圧に抗いながら、低重心の姿勢を維持したまま徹底的な撤収・最終点検手技へと移行した。使用したすべての超音波メスや塗布アタッチメントの本数をツールカートのマグネットシート上で一本ずつ照合し、剥離された古いCryo-Gelの固形破片が暴風の渦へ1片も散逸していないかを二重チェックする。さらにマックの皮膚深部へ刺さる無数の生体チューブやワイヤーが、背もたれの可動や作業手技によってわずかでも歪みや引っ張りを起こしていないか、ミリ単位の目視と感触確認が繰り返された。


最後の最後まで、途絶えることのない緊迫感。

全項目の完了が確認されて初めて、三人はゆっくりと可変磁力アンカーブーツの磁着トルクを調整し、エアロックの分厚い隔壁へと向かって歩みを進め始めた。

10時間におよぶ連続作業による極度の身体的疲労が最高潮に達している今この瞬間こそ、氷結した滑りやすい床面での思わぬ転倒や横転事故を引き起こす最も危険な時間帯だった。三人は訓練されたBMLST特有の小刻みな低重心歩行を守り、足元の金属レールへ電磁力を一歩一歩確実に吸着させながら、猛烈な吹雪の渦中を静かに離脱していった。


その三人の離脱プロセスを、車椅子の上に固定されたマックは静かに見つめていた。


全身を隙間なく覆い尽くした新しいCryo-Gelが急速に100%の硬化を完了し、彼の肉体を固く締め付けていく。だが、その冷たく完璧な緊縛感すらも、マックの脳内では「自分自身の生身の皮膚ではなく、氷で鋳造された巨大な機械の装甲板が補修された」ような激しい体外離脱感(離人感)として客観的に処理されていた。


瞳のインプラント『Cryo-Vision Σ』が捉える色彩の剥奪されたスモーキーモノクロームの視界の中、強風の白煙とダイヤモンドダストを突き抜けて去っていく東崎たちの姿は、血の通った生身の人間ではなく「コマ送りの残像を引きながら遠ざかる無機質なデータの影」に過ぎなかった。

さらに、10時間に及ぶ連続稼働と極低温の冷気によって脳幹のインプラントが物理的過負荷を起こし、まばたきを失った灰色の網膜の裏側には、不気味な「紫がかった青白い光の粒(光学的幻覚)」がチカチカと微小な泡のように湧き上がり続けていた。その光学ノイズが視界の端々で不規則に明滅し、遠ざかる三人の防護服の影の輪郭を不自然に揺らめかせ、溶かしていく。


去りゆく三人の頭上や背中には、撤収フェーズと同期した新規のアイスブルーHUDネオンデータが追従し、浮遊表示されていた。


[POST-OPERATIVE CLEANUP / RETRACTION PHASE]

TARGET-01: AZUMASAKI / DECONTAMINATION READY / TASK ERROR: 0.00%

TARGET-02: WEISS / CORE SUIT TEMP: 22.1°C / FROST COVERAGE: 68%

TARGET-03: CARTER / ANCHOR TREAD TORQUE: 100% SECURE


情愛や安堵の感情など一切存在しない、作業ログの完了を示す冷徹な数値の羅列。

三人の防護服の影が吹雪の向こう側へと溶け込み、エアロックの分厚いチタン隔壁の中へと吸い込まれていくのを、マックは最後まで冷徹なシミュレーションのログを追うように見据え続けていた。


ガシャコン――。

重量級の油圧音が響き、生命維持統括室側の巨大な隔離扉が完全に重合密閉された。

LIFE SUPPORT CHAMBER: SEALED


同時に、エアロック内部で高圧除染フェーズが起動した。

マイナス十五度の極寒空間から一転し、気密室内に強力な殺菌薬品を含んだ高圧除染シャワーと温風霧化エアカーテンが容赦なく吹き荒れる。三人の防護服の表面にこびりついていたCryo-Gelの微小粒子、微細な薬液、バイオハザード物質、そして分厚く結着していた氷晶の層が一気に洗い流され、加熱無菌化されて排出されていく。

DECONTAMINATION COMPLETE


除染が完了し、一般環境側のエアロック扉がゆっくりと引き裂かれた。

だが、三人はそこでも慌てて防護服を脱ぎ散らかすような真真似はしなかった。胸部生命維持ユニットが周囲の大気圧、酸素濃度、浮遊微小粒子の安全性を自動計測し、バイザー内側に完全な安全シグナルを表示するのを待つ。

EXTERNAL ENVIRONMENT: SAFE

SUIT DEPRESSURIZATION: COMPLETE


手手順に基づいた防護服の解体・解除が始まった。

ヘルメットフード、密閉ナノグローブ、腕部装甲、胴体パーツ、可変磁力ブーツ。決められたシーケンスを1ステップも飛ばすことなく、各自が手際よく自力でパーツを分解・収納アタッチメントへ配置していく。

最後に胸元で低く唸りを上げ続けていた『胸部生命維持ユニット』のメインスイッチを、東崎が長押しでオフにした。十時間もの間、彼らの体温と生命を守り続けていた低音の稼働音が静かに立ち消える。


フードを外したエレナの額からは、びっしりと汗が吹き零れ、濡れた髪が肌に張り付いていた。

部屋の温度はマイナス十五度だったが、高密閉された防護服内部で電熱ヒーターの保護を受けつつ、重装備のままコンマ数ミリの手技を十時間も継続していた肉体は、内部から限界まで発熱し、疲労骨折に近い疲労が全身を打ちのめしていた。スーツを脱ぎ捨てた瞬間に触れた外気が、かいた汗を一気に冷やし、強烈な寒気が三人の背筋を駆け抜ける。


直ちにBMLSTの医療班による厳格な健康診断が執り行われた。体温、血圧、心電図、酸素飽和度、手指の微細な震えや局所凍傷の有無、脱水症状と疲労蓄積度の計測。

三人のバイタルは極限の疲労を示していたものの、臨床上の異常値はゼロ。ここで初めて、室内班による物理手技の全工程が真の終わりを迎えた。


だが、外部管制室に詰めていた残りの五人の任務は、まだ終わってはいなかった。

ソフィアが栄養液と輸血ラインの安定供給を注視し、ソヨンが『Cryo-Mask Σ』の気圧とフッ素ガス混合比をミリ単位で監視し、アルジュンが脳幹ポートの神経過負荷スパイクを追い、高橋が術後12時間の安全封じ込めクロックを管理し、ルーカスが予備系へ切り替わった冷却ファンユニットの熱負荷をデータ化している。

簡易着替えを終えた東崎、エレナ、ダニエルの三人が管制室へ足を踏み入れ、再び八人のBMLSTが一つに揃った。


正面の大型メインモニターには、新しく生成された青白く美しい硬質皮膜(第二の皮膚)に包まれ、車椅子の上で微動だにせず佇むマックの最新生命兆候(バイタル)が映し出されていた。

CORE TEMP: 20.4°C [STABLE]

RESPIRATION: OPTIMAL

NEURAL INTERFACE: SECURE

COOLING EFFICIENCY: 100%


東崎が管制端末へアクセスし、本日の施術記録の最終電子署名を打ち込んだ。

PROCEDURE STATUS: OFFICIALLY COMPLETED


しかし、この記録が打ち込まれたからといって、マック・アダソンに対する生命維持の監視が1秒たりとも途切れることはない。

昼であろうと、夜であろうと。休日であろうと、東崎たちが非番の日にあろうと。

365日24時間、絶え間なく誰かがこの管制室から生命維持統括室の深部を見つめ続けているのだ。


しばらくして、隔離扉の向こう側――マックの目の前に設置された巨大な多層メインモニターが静かに再点灯を果たした。

POST-MAINTENANCE STATUS: STABLE

CEO WORK SYSTEM: AVAILABLE


青白いCryo-Gelの装甲に身を包んだマックが、その白黒の視界で静かに画面を見つめる。

『Cryo-Mask Σ』の底から吐き出される静かな呼吸音、栄養供給ポンプが一定の間隔で刻む無機質な機械音、そして統括室全体を揺るがし続けるタワーファン群の狂った重低音ノイズ。

数時間前にメンテナンスによって中断されていた世界規模の経営資料と暗号化データラインが、次々と画面上へ復元されていく。


マックは喉の微小な振動を拾わせ、車椅子の骨伝導通信回線へと滑らかなAI合成音声を乗せた。


『……CEO業務を再開する』

『【管制室/ソフィア】全データライン復旧完了。業務システム、アクセス可能です』


欧州部門の市場再編計画書と、新薬治験のグローバルデータが画面を満たしていく。

マックは自分の二本の脚で立ち上がることは一生できない。

窓のないマイナス十五度の極寒部屋から外へ出ることもできない。

普通の衣服を着ることも、暖かいスープを口にすることも、高機能マスクを外して素顔で深呼吸することも叶わない。

『Cryo-Gel』という青白い第二の皮膚と、超ハイテク車椅子という巨大な機械の身体から離れれば、彼の生命は数分と持たずに崩壊する。


それでも、彼は世界最大の製薬複合企業AGB PharmaTechの絶対的CEOであり続けていた。

ただ一人の車椅子の異形が、この密閉された凍てつく一室から世界規模の市場と人間の運命を冷徹に動かし続けている。


そしてその一方で、分厚いチタン隔壁のこちら側には、彼の生命の糸を絶対に切らせない八人のBMLSTが存在していた。

Cryo-Gel、高機能マスク、栄養液、輸液、輸血、猛毒薬品、高圧フッ素ガス、神経インターフェース、深部埋め込みポート、超ハイテク車椅子、そしてマイナス十五度の統括室。そのすべてを完治し、ミリ単位で監視し、必要とあらば迷わず密閉防護服に身を包んで吹雪の現場へ飛び込んでいく八人のプロフェッショナルたち。


マック・アダソンという一つの生命は、もはや彼一人という個体の身体の中だけでは完結していなかった。

生体と機械。

医学と薬学。

神経科学と極低温技術。

そして、過酷な現場で完璧に交わされる人間同士の冷徹な信頼と連携。


それらが巨大な一つの「生命維持システム」として強固に組み合わさることによってのみ、彼は今日も冷たく、そして絶対的な存在として生き続けている。


マックは静かに次の暗号化資料を開いた。

窓のないマイナス十五度の生命維持統括室には、高機能マスクが刻む規則的な呼吸音と、絶え間なく鳴り響く狂ったファンの重低音ノイズだけが、どこまでもどこまでも途切れることなく響き渡っていた。

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