3杯目:魔界の酒と予想外の力
リリアに案内されて食堂へと向かう途中、アルは城の内部を興味深そうに見回していた。石造りの廊下には松明が灯り、壁には魔人族らしき肖像画が飾られている。
「結構立派な城だな。リリア、君の家族は城で働いてるの?」
「え、ええ......そんなところです」
リリアは少し言葉を濁した。魔王の娘であることは、まだ言えない。
食堂に到着すると、既にテーブルには料理が並んでいた。見たこともない野菜や、巨大な肉の塊、色とりどりの果物——そして、透明な液体が入った瓶がいくつか置かれていた。
「わあ、すごい......異世界の料理だ」
アルの目が輝く。そして、酒の瓶を見つけると、さらに顔が明るくなった。
「おっ、これが魔界の酒?」
「はい。魔界で一般的な蒸留酒です。結構強いと聞いていますが......」
「強い酒、最高じゃん。いただきます!」
アルは早速グラスに注ぎ、一口飲んだ。
「——うま!これ、めちゃくちゃうまいぞ!」
アルコール度数は高いが、まろやかで喉越しが良い。現代の酒とはまた違った風味が、アルの舌を喜ばせる。
「気に入っていただけて良かったです」
リリアは嬉しそうに微笑み、自分は甘い果実ジュースを飲み始めた。その角がほんのり赤く染まっている。
アルはどんどん酒を飲み、料理を平らげていく。リリアはそんな彼を微笑ましく見守っていた。
「アル、お酒がお好きなんですね」
「まあね。酒があれば大抵のことは楽しくなるし、つらいことも忘れられる。人生、楽しんだもん勝ちでしょ」
そう言いながら、アルはさらにグラスを傾ける。すると——
アルの体から、ほんのりと光が漏れ始めた。
「あれ?なんか......体が軽い?」
アルは自分の手を見つめる。だが、特に変化は感じられない。気のせいかな、と首を傾げた。
リリアは目を見開いていた。今、確かにアルの体が光った。あれは——魔力?人族なのに?
「アル、今......」
リリアが何か言おうとした瞬間——
ガシャーン!
突然、食堂の窓ガラスが割れ、何かが飛び込んできた。
「きゃあ!」
リリアが悲鳴を上げる。飛び込んできたのは、狼のような姿をした魔物だった。体長は2メートル近くあり、鋭い牙と爪を持っている。
「な、なんだこいつ!」
アルは慌てて立ち上がる。魔物はアルとリリアを睨みつけ、低く唸り声を上げた。
「ダークウルフ......!なぜこんなところに!」
リリアは驚愕する。この魔物は本来、城の近くには現れない。まるで誰かが意図的に放ったかのように——。
(保守派の貴族たち......まさか!)
リリアの脳裏に嫌な予感が走る。アルを排除するために、魔物を放ったのだろうか。
「リリア、下がって!」
アルはリリアを庇うように前に出た。だが、武器もなければ戦闘訓練も受けていない。できることなど——
ダークウルフが飛びかかってきた。
「うおっ!」
アルは咄嗟に横に飛び、テーブルの上にあった空の酒瓶を掴んだ。そして——
バキン!
狼の頭に酒瓶を叩きつけた。だが、効果はほとんどない。ダークウルフは怒り狂い、再び襲いかかる。
「くそっ、やっぱ無理か——」
その瞬間、アルの体が再び光り輝いた。今度は先ほどよりも強く、眩いほどに。
「——え?」
アルの体が、信じられないほど軽くなった。視界がクリアになり、ダークウルフの動きがスローモーションのように見える。
(何これ!?体が......めちゃくちゃ動く!)
アルは本能的に動いた。ダークウルフの攻撃を紙一重で避け、その懐に潜り込む。そして——
ドゴォ!
拳を狼の顎に叩き込んだ。ダークウルフは吹き飛び、壁に激突して動かなくなった。
「......え?今、俺が?」
アルは自分の拳を見つめる。信じられない。ただの大学生が、魔物を一撃で倒した?
「アル!すごいです!」
リリアが駆け寄ってくる。その角は真っ赤に染まっていた。
「いや、俺も何が起きたのかわからなくて......」
そう言いながら、アルはふらりとよろめいた。
「あれ?なんか......急に力が抜けた......」
そして、そのまま床に倒れ込んだ。
「アル!?」
リリアが慌てて駆け寄る。アルは気絶していた——いや、単純に酔いつぶれているだけのようだ。
「はあ......びっくりしました」
リリアは胸を撫で下ろす。そして、倒れたダークウルフと、気絶したアルを交互に見つめた。
(あれは......魔力の増幅?それとも別の何か?人族なのに、あんな力を......)
リリアは考え込む。だが、一つだけ確かなことがあった。
このアルという青年は、ただの人族ではない——。
* * *
玉座の間、魔王ゼクセル・クマガワは報告を聞き、眉をひそめた。
「ダークウルフが城内に侵入した、だと?」
「はい。誰かが意図的に放ったものと思われます。姫様の客人を狙ったのかと」
「それで、その人族は?」
「......一撃で倒したとのことです」
魔王の目が見開かれた。
「何?」
「目撃者によると、その人族の男——アルという者が、素手でダークウルフを一撃で倒したと」
「人族が?ありえん。ダークウルフは魔界でも中級の魔物だぞ」
「しかし、事実です。さらに、彼の体が光り輝いていたという証言もあります」
魔王は黙り込んだ。人族が魔物を一撃で倒す?体が光る?
「......面白い。その男、ただの人族ではないな」
「いかがなさいますか?」
「引き続き監視は続けろ。だが、危害は加えるな。リリアが気に入っているようだし、様子を見よう」
「御意」
騎士が退出した後、魔王は窓の外を見つめた。
「アルとやら......お前は一体、何者なのだ」
* * *
アルが目を覚ましたのは、数時間後だった。
「うー......また頭痛い......」
見覚えのある天井。客室のベッドだ。
「あ、起きましたか」
リリアが心配そうに覗き込んでくる。
「リリア......俺、どうしたんだっけ?」
「覚えていないんですか?ダークウルフという魔物を一撃で倒したんですよ」
「え?マジ?」
アルは記憶を辿る。確かに、狼みたいなのがいて、殴ったような——でも、一撃?
「俺が?ウソでしょ」
「本当です。とても......かっこよかったです」
リリアの角がほんのり赤くなる。
「いや、でも俺、普通の大学生だし......あ!」
アルは何かに気づいた。
「酒......酒を飲んだ後だった!」
「お酒?」
「もしかして、あの魔界の酒に何か特別な効果が?」
リリアは首を傾げる。
「いえ、普通の蒸留酒です。特別な効果はないはずですが......」
アルは考え込んだ。現代で飲んでいた時は何も起きなかった。でも、こっちに来てから酒を飲んだら——
「まさか......異世界補正的なやつ?」
「異世界補正?」
「いや、こっちの話」
アルは頭を抱えた。どうやら、自分には何か特別な力があるらしい。しかも、酒を飲むと発動する——。
「とりあえず、今度酒飲む時は気をつけよう......」
そう呟くアルの言葉を、リリアは不思議そうに聞いていた。
こうして、アルの特殊能力の片鱗が明らかになった。だが、それは始まりに過ぎなかった。




