3杯目 魔王との謁見
翌朝、リリアが部屋に迎えに来た時、その表情はいつもより硬かった。
「あの……アルさん」
「ん? どうした?」
「父……魔王様が、お会いしたいとおっしゃっています」
「魔王……」
アルは昨日の出来事を思い出した。食堂で酔拳魔法が発動し、滅茶苦茶にしてしまったこと。
「やっぱり、昨日の件で怒られるのかな」
「いえ……! そんなことは……」
リリアは慌てて首を振った。
「父は、アルさんの力に興味を持たれているんです。決して、悪いようにはしません……」
「興味、ねえ……」
アルは少し不安になった。実験台にされたりしないだろうか。
「大丈夫です。父は……優しい方です」
リリアは真剣な目で言った。
「わかった。会いに行こう」
アルは覚悟を決めた。
◇
魔王がいる玉座の間は、想像以上に威圧感があった。
高い天井、黒い石壁、そして奥には巨大な玉座。そこに座る魔王ゼクセル・クマガワは、見るからに強そうなオーラを纏っていた。
立派な角、鋭い眼光、筋骨隆々とした体躯——だが、不思議とその表情には、威厳とともに穏やかさも感じられた。
「よく来た、人族の青年」
魔王の声は低く、響き渡る。
「私が魔王ゼクセル・クマガワだ」
「あ、どうも。アルです」
アルは緊張しながらも、軽く頭を下げた。
「もっと丁寧に……!」
リリアが小さく耳打ちするが、アルの性格上、これが限界だった。
魔王はその様子を見て、フッと笑った。
「堅苦しい挨拶は不要だ。リラックスしてくれ」
「あ、はい……ありがとうございます」
「さて、単刀直入に聞こう。昨夜、お前は酒を飲んで魔法を発動させた——この目で見させてもらった。見事だった」
「え……見てたんですか?」
「ああ。遠視の魔法でな。酔拳魔法——酒を飲むことで魔法が発動する、極めて稀な能力だ」
魔王は真剣な表情で続けた。
「お前、何か特別な訓練を受けたことは?」
「いや、普通の大学生なんで。体育の授業くらいしか……」
「武術は?」
「喧嘩したことすらないです」
魔王は不思議そうな顔をした。
「では、あの力は完全に酒によるものか……」
「魔王様」
リリアが一歩前に出た。
「アルさんは、この世界に転移してきた方です。もしかしたら、転移者特有の能力かもしれません」
「転移者……」
魔王は顎に手を当てて考え込んだ。
「なるほど。川の扉から来た者には、時折、特別な力が宿ることがある」
「アル」
魔王は真剣な表情になった。
「お前は、魔人族をどう思う?」
「え?」
突然の質問に、アルは戸惑った。
「えっと……別に? 普通の人たちと変わらないんじゃないですか」
「普通?」
「だって、リリアも優しいし、礼儀正しいし。角が生えてるのと瞳の色が違うくらいで……あと、可愛いし」
リリアの角がほんのり赤く染まった。
「……お前は、魔人族を恐れないのか?」
「恐れる理由がないんで。今のところ、親切にしてくれてますし」
「だが、人族と魔人族は長年争ってきた。互いに憎しみ合い、殺し合ってきたのだぞ」
「それって、過去の話ですよね?」
アルは首を傾げた。
「俺、歴史の授業とか苦手だったんで偉そうなこと言えないんですけど——過去にどんなことがあったとしても、今目の前にいる人がどうかって、別問題じゃないですか」
「……どういう意味だ?」
「だって、魔人族全員が悪人ってわけじゃないでしょ? 人族だってきっと同じ。良い人もいれば悪い人もいる。それを『種族』っていう括りで敵だの味方だの決めつけるのって、なんかもったいなくないですか」
アルは言葉を続けた。
「例えば俺、リリアと最初に出会えて良かったって思ってます。もし『魔人族だから』っていうくだらない先入観で関わらなかったら、こんな優しい子と出会えなかった。そう考えると、種族で判断するのって損ですよね」
玉座の間が静まり返った。
魔王は——ゼクセル・クマガワは、目を見開いてアルを見つめていた。
種族で判断するのは、損をしている?
その発想は、魔王にはなかった。
魔人族と人族の対立は当然のもの、歴史が作り上げた避けられない運命——ずっとそう考えてきた。
だが、この青年は「もったいない」「損をしている」と言った。
憎しみや恐怖ではなく、単純に「出会いの機会を失っている」という視点。
「……お前は、面白い奴だな」
魔王はゆっくりと笑みを浮かべた。
「アル。実は、お前に頼みたいことがある」
「頼みごと?」
「ああ。魔人族の中には、私の改革に反対する保守派がいる。彼らは人族との和平を拒み、リリアの思想を危険視している」
「それって……」
「昨夜、お前たちを襲おうとした者たちもいる。おそらく、保守派の仕業だ」
アルは顔をしかめた。やっぱり厄介事に巻き込まれている。
「それで、俺に何をしろと?」
「彼らを説得してほしい」
「……は?」
アルは思わず聞き返した。
「魔王様、それは無理があります……!」
リリアが慌てて口を挟む。
「アルさんはただの人族で、しかもこの世界の事情をほとんど知らないんです。保守派を説得するなんて……」
「だからこそだ、リリア」
魔王は娘を制した。
「私やお前が説得しても、彼らは聞く耳を持たないだろう。だが、人族であるアルが話せば——それも、種族に囚われない視点を持つこの青年が話せば、何か変わるかもしれない」
「でも……」
リリアは不安そうにアルを見る。
アルは頭を掻いた。正直、面倒くさい。こんな政治的なゴタゴタに首を突っ込みたくない。
「あのー、断っても——」
「アルさん……!」
リリアがアルの手を掴んだ。その瞳には、切実な光が宿っていた。
「お願いします……力を貸してください。私、保守派の人たちとも和解したいんです。彼らだって、本当は傷ついているだけで……悪い人たちじゃないんです」
リリアの真剣な眼差しに、アルはため息をついた。
「……わかったよ。やるよ」
「本当ですか……!?」
「ただし、失敗しても責任は取らないからな。俺、交渉とか苦手だし」
「ありがとうございます……!」
リリアは嬉しそうに微笑んだ。
その時——。
ガシャーン!
突然、玉座の間の窓ガラスが割れた。
「きゃあっ……!」
リリアが悲鳴を上げる。
飛び込んできたのは、狼のような姿をした魔物だった。体長は2メートル近くあり、鋭い牙と爪を持っている。
「ダークウルフ……!」
魔王が立ち上がった。
「なぜこんなところに……まさか、保守派が……!」
「リリア、下がって……!」
アルはリリアを庇うように前に出た。
ダークウルフはアルとリリアを睨みつけ、低く唸り声を上げる。
「くそっ、武器も何もないのに……」
その時、魔王が手を掲げた。
「待て、アル」
「え?」
「お前の酔拳魔法を、もう一度見せてもらえるか」
「でも、酒がないと……」
「ここにある」
魔王が手を振ると、空間から酒瓶が現れた。
「魔王様、それは……!」
リリアが驚愕の表情を浮かべる。
「ドワーフの地底黒ビール。アルコール度数が高く、魔力との相性も良い。試してみろ」
アルは酒瓶を受け取り、一気に飲み干した。
「……うまい! これ、めちゃくちゃうまいぞ!」
濃厚な味わい、スモーキーな香り、そして強烈なアルコール——。
その瞬間、アルの体が光り始めた。
「来た……!」
頭の中に声が響く。
『酔拳魔法発動——土魔法 Lv4。持続時間:15分』
「土魔法!?」
アルの足元から、石の柱が次々と生え出た。
「うおっ!?」
石柱はダークウルフに向かって伸び、その動きを封じる。
「やった……!」
だが、ダークウルフは力任せに石柱を破壊し、再び襲いかかってきた。
「まだ来るのかよ……!」
アルは咄嗟に地面を叩いた。すると——。
ドゴォン!
地面が隆起し、巨大な岩の壁が出現した。ダークウルフは壁に激突し、動かなくなった。
「……終わった?」
「ああ、見事だ」
魔王が拍手をした。
「土魔法、しかもLv4。昨日の風魔法とは違う属性だ。やはり、酔拳魔法はランダムに発動するようだな」
「ランダム……ってことは、毎回違う魔法が出るんですか?」
「おそらくな。それが酔拳魔法の特徴だ」
「アル」
魔王は真剣な表情で言った。
「お前の力は、この世界を変える可能性を秘めている。だが、それは同時に、お前を狙う者も増えるということだ」
「……覚悟しておきます」
「本当に、保守派を説得する覚悟はあるか?」
アルはリリアを見た。彼女は不安そうに、だが期待を込めた目で見つめている。
「……まあ、なんとかなるでしょ」
アルは笑った。
「酒があれば、大抵のことは何とかなる。それに、リリアを守りたいし」
「アルさん……」
リリアの目が潤む。
「ありがとう、アル」
魔王は満足そうに頷いた。
「では、まずは保守派のリーダー、マリアに会ってもらおう。彼女は私の義理の娘で、リリアの姉でもある」
「姉……?」
「はい……マリアお姉様は、過去の戦争で深く傷つきました。だから、人族を恐れているんです……」
リリアは悲しそうに俯いた。
「わかった。会ってみる」
アルは覚悟を決めた。
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